平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
第91話 友達がいない その2
「亜紀ちゃん、これね、いも餅! たくさん作ったから、おうちで旦那さんと作り立てどうぞ。食べたことないって言ってたっしょ?」
木造アパートは、高層マンションのようにエントランスでピンポン、のワンクッションがない。だから他者との距離が近い気がする。いきなり懐に飛び込むことができる。
そのぶん、独りぼっちが際立つことをこの3ヵ月で知った。
でもついに、その気軽さを楽しめる日がこようとは。ドアを開ければ、そこに新しい「友達」が手にタッパーを持って立っていた。
「嬉しい、理絵ちゃんありがとう……! こんなに寒いのに来てくれたの? 今、ちょうどお夕飯の支度してたところ、今夜さっそくいただくね。遼平、まだ帰ってないから、中でちょっとお茶していって?」
私はタッパーに並べられたジャガイモのお餅の重さにはしゃいだ。
「いいのいいの、出来立てがおいしいからさ、持ってきただけ。フライパンで焼いて、砂糖と醤油絡めて~」
食べ物のお裾分け、という行為が嬉しかった。一気に親密度が増すような気がする。東京ではそんなことをしたことがない。
理絵ちゃんは、31歳。ハローワークの帰り道、車に乗せてくれた縁で交流が始まった。お互いの家は車で10分くらい。子どものいない専業主婦同士、年は私のほうが5歳も上だけど、不思議とそれを意識させない人懐こさがあった。
「そうそう、明日、養鶏所にある卵の直販所で『生みたて卵の親子丼』、食べにいくんだけど亜紀ちゃんも一緒に行く?」
「生みたて!? わあ、何それ、行きたい! どこで待ち合わせ? 駅から歩けるかな?」
「亜紀ちゃーん、養鶏所まで歩いたら1日かかるよお。もちろん明日、迎えに来るから車でいこ。じゃあ10時半ね~」
理絵ちゃんが軽やかにアパートの外階段を下りていく。手を振りながら、私はうきうきと台所に戻る。
友達。北海道に来て4カ月、ついに友達ができたのだ。
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