誰かが弱音を吐いたとき、私たちにできることは何か
 

何より寅子をひどく失望させたのは、子を宿したという事実だけで、穂高が自分のことを「志を持った弁護士」ではなく、「家庭を守る良き母」に分類したことでしょう。結婚した以上、女性の第一の務めは子を産み、良き母となること。じゃあ、寅子が今までやってきたことは、穂高にとってずっと「オプション」であり、「片手間の副業」であり、「子を産むまでの腰掛け」だったのか。


それでは、結局女性だからといって依頼を敬遠したり、結婚したからといって信用したりする人たちと何にも変わらない。穂高もまた属性で人を判断し、寅子を寅子として見てくれていなかった、という絶望が寅子の心を折った。

そして、寅子が反論すれば「あまり大きな声を出すと、お腹の中の赤ん坊が驚いてしまうよ」と声を封じる。まるで寅子のヒステリーのように。あたかも子どもをなだめるような言い方で。さらに寅子の事務所に押しかけ、雲野(塚地武雅)らと三人がかりで寅子を説き伏せる。その言葉はどれも優しい。

『虎に翼』穂高(小林薫)や雲野(塚地武雅)ら、男性たちの言葉はなぜ寅子を絶望させたのか。「無理解の善意」が人の心を折る地獄【第7•8週レビュー】_img0
©︎NHK

「弁護士の仕事を休んで、子育てに専念することも大事なことなんじゃないのかな」
「もう弁護士の資格は持っているのだから、仕事への復帰はいつだってできるんじゃないのかね」

いちばん大切なのは、寅子がどうしたいかという意思。それを無視した思いやりは、自由の剥奪です。一人前の弁護士として認められるのに、これだけ苦労した。一度休めば、何もかもがゼロからのやり直しになる。しかも、子を育てながら働く環境などまるで整備されていない。茨の道をまた一人でゼロから切り開いていく。その労力を想像だにしない優しさ。
 

 


思えば、ずっとそうでした。女性だからという理由で依頼を避けられたときも、雲野は寅子を責めこそしないけれど、庇いもしなかった。彼女は優秀ですと依頼人に働きかけることもなければ、「結婚前のご婦人に頼みたいのは、弁護よりお酌だろうな」とおどける。そういう小さな絶望が積み重なり、決壊した。もうこの人たちには何を言っても伝わらないと。「はて?」と憤る気力も言葉も奪われた。だから、寅子は弁護士を辞めた。


優三は言いました、「すべてが正しい人間はいないから」と。寅子も穂高も雲野もみんな正しいところもあれば間違っているところもあって。しかもその正しさは人それぞれの視点で変わる。だからきっと穂高も正しいことをしたつもりなんだと思います。少なくとも、寅子に嫌がらせしたいわけじゃない。でも、だからこそやっぱりその善意が苦しい。

『虎に翼』穂高(小林薫)や雲野(塚地武雅)ら、男性たちの言葉はなぜ寅子を絶望させたのか。「無理解の善意」が人の心を折る地獄【第7•8週レビュー】_img1
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あのとき、穂高は何と言ってあげられたらよかったのか。それはわかりません。でも「本当は辛くて辛くてたまらないんです」とやっと吐き出せた寅子の本音に、その辛さの正体にもう少し寄り添ってあげることができたら、かけるべき言葉はきっと変わっていた。

誰かが弱音を吐いたとき、私たちにできることは何か。それはいたずらに解決策を急ぐことでも、いかにも正しそうな一般論で説得することでもありません。辛さの正体がわかるまで、とにかく聞いて、聞いて、聞き続けること。翼をもがれた寅子を見ながら、「痛みに寄り添う」という言葉の意味を改めて思い知るのでした。
 


NHK 連続テレビ小説『虎に翼』
出演:伊藤沙莉
石田ゆり子 岡部たかし 仲野太賀 森田望智 上川周作
土居志央梨 桜井ユキ 平岩 紙 ハ・ヨンス 岩田剛典 戸塚純貴
松山ケンイチ 小林 薫
作:吉田恵里香
音楽:森優太
主題歌「さよーならまたいつか!」米津玄師
語り:尾野真千子

【放送予定】
総合:毎週月曜〜金曜8:00〜8:15、(再放送)毎週月曜〜金曜12:45〜13:00
BSプレミアム:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜8:15〜9:30
BS4K:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜10:15~11:30
※NHK+で1週間見逃し配信あり
 

文/横川良明
構成/山崎 恵
 

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