普段は絶対にしないのに…

網棚だ。地下鉄で、頭上の網棚に、ゲラが入った袋をさっと置いてしまった。普段は絶対にそんなことはしない。網棚に何かを置くなんて、しかも仕事の大切なものを置いてそのまま降りてしまうなんて、そんなマンガみたいなミス、これまでに1度もしたことがない。

時計を見る。取材まであと25分。取材先はここから徒歩で7、8分。私は踵を返して、地下鉄の駅に走った。

「あの、すみません、忘れ物を! 10分くらい前に出た電車の網棚に、仕事の重要な書類が入った大きな封筒を置いて降りてしまいました。次の駅で、駅員さんに調べていただくことはできませんか?」

「え? 忘れ物ですか? 電車が正確にわかれば、そういうことができる可能性はあるけどねえ……。どこの駅も忙しいから、終点で回収されるのを待っていただくことになるかもしれません。どれ、とりあえず届いているか、遺失物センターに訊いてみましょうか。降りた電車の時間と行先、何号車かわかりますか?」

私は震える手で時刻表を検索し、さっきまで乗っていた電車を特定すると伝えた。駅員さんは親切に電話をかけてくれたけれど、すぐに首を振る。

混んだ車内でホットフラッシュ…!吹き出す汗が原因で、思わずとってしまった行動が大トラブルの原因に!?_img0
 

「まだ届いてないねえ。その電車は、ほかの路線に接続しているから、しばらく車両点検はないんですよ。まあちょっとやってみますけれどもね。少々お時間をいただきますよ。夕方に電話してください」

駅員さんがせっかく案内をしてくれているのに、私は焦りのあまりちっとも頭に入ってこない。

――どうしよう! 校正の赤字を入れてもらった原稿を失くすなんて……。あのゲラに編集長と再読してさらに赤字を入れたのに! しかも差し替え予定の、取材先に借りた紙焼き写真が入ってる……!

あまりにも低レベルなミス。私はいままで積み上げたものが、一気に崩れていくように感じて、思わず駅のカウンターの下にしゃがみこんだ。

次回予告
【後編】仕事のミスで大ピンチに……!? 電話した相手と、口にした言葉とは?

 
小説/佐野倫子
イラスト/Semo
編集/山本理沙
 

混んだ車内でホットフラッシュ…!吹き出す汗が原因で、思わずとってしまった行動が大トラブルの原因に!?_img1
 

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