平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
第77話 ひとりとひとり【前編】
「じゃ、この色校を印刷所に戻して……差し替えデータはこっち。取り違えないようにお願いね」
先月やってきたアルバイト大学生の絵里ちゃんに赤字を入れたゲラを渡すと、彼女はちらりと見る素振りもなくそのまま淡々と入稿用の大きな封筒に放り込んだ。
編集段階でどんなふうに赤字修正を入れるのか、ということに興味はないようだ。編集志望じゃないならば、何が面白くてこんな地味な職場でアルバイトをしているんだろう？
「浅見さん、私コンビニ寄れますけど、コーヒーとか買ってきます？」
仕事にやる気があるかどうかは別として、可愛いところがある。私は笑って「大丈夫、絵里ちゃんもそれ出したら帰っていいからね」と言うと、急にすごいスピードでゲラを持って走っていった。
可愛いワンピースの後ろ姿に視線を送りながら、私も仕事に区切りがついたことにホッとして、数時間ぶりに席を立った。
最近、ちょっとくたびれると目の奥がズーンと重くなる。はじめはそのたびに鎮痛剤を飲んでみたり、ヘッドスパに行ってみたりしたけれど、体調は根本的に上向かない。妙に疲れやすいし、なんだか気分もふさぐ日が増えた。
ほかにも、急に首のあたりがかーっとなって汗が吹き出したり、PCを使っているだけなのに、明らかにおかしな調子で動悸がしたり。おまけになんだか皮膚の張りがなくなってしんなりしてきた。これまでの42年間で心当たりのない症状が日常に差し込まれて、私はようやく思い当った。
これは噂にきく、あのやっかいな、更年期の始まりではないか？
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