平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
前回のはなし 浅見美紀(42)は編集プロダクションで働くおひとりさま女子。上司である編集長・川上彬(44)と学生アルバイトの絵里(20)と、忙しく働いている。予想より早くやってきた更年期の症状に戸惑うなか、華やかな絵里と編集長の出自を知り、養護施設で育ったことを引け目に感じる美紀。そんな中、ホットフラッシュが電車内で起こり、美紀は大切な赤字が入った原稿を網棚に置いてきてしまい……?
前編はこちら「もしやこれって更年期!?」42歳独身女子に起こった、予想外の体調変化。そのときまっさきに考えたのは...>>
中編はこちら混んだ車内でホットフラッシュ…!吹き出す汗が原因で、思わずとってしまった行動が大トラブルの原因に!?>>
第79話 ひとりとひとり【後編】
――警察にも届いてない……そりゃそうよね、いきなり警察に届けるよりも、拾ったら駅員さんに渡すだろうし。
1時間で取材を終えて、私は駅前の交番に駆け込んだ。しかし遺失物検索してもらったものの、現段階で社名が入った大きな茶封筒はヒットなし。すぐに駅にも電話をしてみたけれど、まだ届け出はないという。
最後の望みが絶たれたような気がして、きつく握ったてのひらが、またぬるりと濡れた。
こんなときにまたホットフラッシュ? いや、これはただ緊張の汗か。
仕事が少しくらいできるようになっても、心身がポンコツじゃ意味がない。
42歳になって更年期症状が出たとたん、なんだかいろいろうまくいかない気がする。40代は肩の力が抜けてきて、ようやく楽になってきたところだった。自分のペースで、快適に、辻褄を合わせて生きられる――そうほっとしていた。
それなのにこんな「変数」はあんまりだ。更年期なんて、もう少し先だっていいじゃない。小さい頃、施設に預けられ、それでも必死に頑張って高校を出て就職。ようやく成人できて、修業のように20代でスキルを身につけ、30代の怒涛の激務に耐えた。40代は納得のいく本が作れるようになり、プライベートでも心の置き所がわかってきた。
好きな人のとなりで、ただ毎日、地道に仕事をしているだけで、私の人生捨てたものじゃないと思えたのに。
私は、とうとう観念してスマホのボタンを押した。
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