7

【宝尽くし文様】方角を大切にする文化

0

突然ですが、いま何色の手帳をお使いですか?
私は今年、紺色の手帳を買いました。とっても安直なんですが今年のラッキーカラーはネイビーと占いで見たもので(笑)。雑誌の占いや神社の御守り、パワースポットなど「フォーチュン」なものって身近に沢山ありますよね。
 
刺繡の図案にもフォーチュンモチーフはたくさん登場します。鶴亀や松竹梅に代表される「吉祥文様」は昔から大切にされてきました。今回は縁起の良いものばかりを集めた「宝尽くし」文様をご紹介します。

「打ち出の小槌」のような珍しい宝物や、財産を象徴する「分銅」など、一つ一つにおめでたい意味が込められた宝尽くし。よく見るとちょっと見慣れない柄もありませんか?
これは危険なことから身を隠してくれる「隠れ蓑」。
こちらは「丁子」。スパイスのクローブなんです。当時は薬や香料として珍重されていました。
「金嚢(きんのう)」はお金を入れる袋。大黒さんが肩に担いでいるあの袋です。


京都は昔からの神事や祭事が多く、日常的に「フォーチュン」と接する機会が多いように思います。とくに歴史の長いお家やお商売の家では、暦や方角がとても大切にされており、私も繡屋に嫁いで初めて知ることが沢山ありました。


例えば最初の引っ越しの時。当時の住まいから新居への「方角がよくない」とのことで「方違え」をすることになりました。「方違え」とは本来の目的地が吉方位になるように、いったん別の場所に一定期間引っ越してから、再度目的地に引っ越すというもの。凶方位への移動を二度の吉方位への移動に変えてしまうというわけです。(え、古文の授業で習ったことあるけど、ほんとにするの?)とは思いつつも婚家の事情と、少しの好奇心もあり、本当に2回引っ越しすることに……。

さすがに全てを2度動かすのは大変なので、急いで「方違え」の方角で家具付きマンスリーを探しました。不動産屋さんに「方違えってやつなんです…」と事情を話すと「ああ!この辺り多いんですよ~」とのご返答! 私が知らなかっただけで21世紀の今も脈々と大事にされている風習だったようです。(とはいえ友人たちには驚かれました)

想定外の移動と出費には焦りましたが、幸運なことに方違え先は鴨川のそばの自然が多いエリア。毎夕川沿いを散歩したり、友人達とピクニックしたり、ちょっとした旅気分を味わっているうちに1ヵ月半の「方違え」はあっという間に終わってしまいました。

さて結局、二度の引っ越しで厄は除けられたのか? 現代人の私は成果を求めてしまいがちですが……今日まで平穏無事に過ごせており、こうして話のタネにもなったので今のところ良しとしています。 

PROFILE 長艸 歩(ながくさ あゆむ)

1987年京都市生まれ。芸術大学にて絵画を学び、卒業後は京都の老舗日本茶メーカーで販売や広報として勤務。結婚、出産を機に夫の家業である「長艸繡巧房」にて伝統的な京都の刺繡「京繡(きょうぬい)」を学びはじめる。 現在は3歳と1歳の女の子を育てながら刺繡の技術の習得と、いままで触れる機会のなかったディープな京都文化の吸収に励んでいます。 Instagram(@sica.seka)でも刺繡や文様のことを発信しています。

 

<5月9日 刊行予定!>
『繡えども繡えども』

著者 長艸敏明
A24判 192ページ/ 講談社

長艸敏明氏は歩さんの義父。刺繡作家、京繡伝統工芸士である氏の作品集が出版されます。着物や帯のほか、季節ごとのしつらえや婚礼衣装などの祝い着、祭事の修復や復元まで京繡の第一人者である著者の“刺繡の力”を堪能できる100点を掲載。

構成/山本忍(講談社)