2018年には『じっと手を見る』で、2019年には『トリニティ』で直木賞候補にもなった作家・窪美澄さん。今年9月に刊行予定の最新作『私は女になりたい』は、アラフィフの美容整形外科医・奈美を主人公にした恋愛小説です。妻、母、娘として……いろんなことを背負ったすべての女性たちへ向けて綴られたという本作品。その執筆のきっかけや込められた思いを寄せていただきました。

 

私が47歳の頃でしょうか。取材をしてくださったライターさんがふいにおっしゃいました。「私が最後の恋をしたのは52歳だったかな」と。

 

その当時、そのライターさんは50代後半だったと思いますが、その言葉を聞いて以来、女性はいつまで恋ができるのだろう、という問いが私の心のなかにあり続けました。

私は今、54歳ですが、50歳前後というのは肉体的にも精神的にも大きな変わり目のような年月だと思います。30歳前後に子どもを持たれた方ならば、50の歳には子どもは20歳になり、親離れ、子離れの時期です。子どもを持たなかった方であるなら、女としての引き際はいつなのだろう、と思われるかもしれません。そして、どちらの生き方を選んだとしても、年齢を重ねるほどに、自分のことを女として意識する経験は残念ながら減っていきます。

けれど、そんなときに心から惹かれる人に出会ってしまったら、心にどんな色や模様が描かれるのだろう……。

そんな思いがこの作品が生まれるきっかけになりました。

恋は(それがどんな恋であっても)嵐のような出来事です。巻き込まれないようにしていても、いつの間にか風の渦のなかで全身を翻弄されてしまうような。そして、その体験に年齢というのはあまり関係ないのではないか、とも思います。例え、50歳の、仕事でもキャリアを積み、精神的にも成熟している女性であっても、恋をしているときは18歳や、25歳のときとあまり変わりはないのではないか。そのことに右往左往される女性というのも、この作品で描きたかったことのひとつです。

本作の主人公である奈美は、仕事のキャリアも積み、子どももいるシングルマザーです。けれど、元の夫や母、息子に対する責任と同時に、離婚によって彼から父親を奪った罪悪感をも持っている。

年齢を重ねた女性の恋愛と、若い女性の恋愛と唯一異なるところは、縁を結んだ人間の数の多さです。役割の多さ、といってもいいのかもしれません。妻、母、娘として、奈美はいろいろな役割の重さにつぶされそうになっている女性でもあります。そんな彼女が、ただの女になって、その重さをするりと抜け出すことができたのが、本作に登場する公平との恋だったのではないか。

年齢を重ねた女性が恋をする。子どもがいる女性が恋をする。年齢差のある男性と恋をする。そうしたことはまだ日本では眉をひそめられ、時にグロテスクで醜い、と誹られることが多いように感じますが、私は、女性はもっと自由に、自分に生きたいように生きてもいいのではないかと強く思います。この作品の奈美のように、自分の人生に責任をとれるのであれば、何をしても良いのです。

日本では同調圧力のムードが強く、輪のなかから飛び出す人を白い目で見る傾向も強いようです。けれど、その輪のなかにい続けることは、時に息苦しさ、と生きづらさを人に強いることも多いように感じます。

自分の人生は誰のものでもなく、自分のものです。

もし今、息苦しさ、生きづらさを感じているのなら、えいっ、とその輪の中から飛び出す勇気を持ってほしいと思います。例え、それで傷ついたとしても、自分の人生を生きた、という証になるのではないでしょうか。人生は自分が思っている以上に短いし、時間は有限です。それならば、心からやりたいことをやり尽くして、人生を全うしたい。いつこの世を去るか、それは誰にもわかりませんが、私も奈美のようにいい恋をしたいし、いい人生だったと思って死にたいと思っています。

窪美澄
 

ーーーーーーーーーーーーーー

窪美澄さんの最新作『私は女になりたい』を期間限定で連載掲載いたします。
第1回はこちらから>>

ミモレインタビュー
「【小説家・窪美澄さん】40代の先に、ご褒美のような50代が待っている」>>

『私は女になりたい』
窪美澄 予価 本体1600円(税別)(2020年9月14日刊行予定)

主人公の赤澤奈美は、アラフィフの美容整形外科医。カメラマンの元夫とは離婚し、シングルマザーとして息子を育てながら仕事一筋で生きてきた奈美だが、14歳年下の男性患者・公平と恋に落ちて……。

カバー画像/
O'Keeffe, Georgia (1887-1986): Abstraction Blue, 1927. New York, Museum of Modern Art (MoMA). Oil on canvas, 40 Œ x 30' (102,1 x 76 cm). Acquired through the Helen Acheson Bequest. Acc. n.: 71.1979.© 2020. Digital image, The Museum of Modern Art, New York/Scala, Florence