自らもDVサバイバーでシングルマザーのソーシャルライター・松本愛さんが、DV当事者の「声」を丹念に拾い上げ、日本のジェンダー意識の遅れの実態をレポートします。DVサバイバー・Bさんは、公私ともにパートナーだった夫と授かり婚。入籍、引っ越しと慌ただしい新婚生活の幕開けとなったのですが……。

※個人の特定を避けるためエピソードには脚色を加えている場合もあります

 


予算オーバーの広い物件にこだわるワケ


ビジネスでもプライベートでもパートナーシップを組んでいたBさんカップル。仕事終わりに待ち合わせして一緒に飲みに行くのが定番のデートでした。妊娠を機に当たり前のように結婚した2人ですが、なぜか結婚直後から彼がBさんの意見を全く聞いてくれなくなったのです。

まず、引っ越し先。仕事上でもパートナーシップを結んでいたとはいえ、雇用形態が異なる2人。夫は週の半分は在宅なのに、Bさんは会社員として毎日通勤しなくてはいけませんでした。しかし彼が引っ越し場所として“勝手に決めて”きたのは高級住宅街にある予算を大幅に超えた広くて贅沢な部屋。かつBさんの通勤にとても不便な場所にある物件でした。

「この距離は通勤が厳しいし、予算的にもオーバーしているのだから他の物件にしよう」と言うBさんに、夫が言い放ったのは衝撃の一言でした。

「条件の良いところなんて探していたらキリがない、俺は男尊女卑だからな、妻は夫にどんな理不尽なことを言われても言うことを聞いていればいいんだ」

絶句するBさんにさらに畳み掛ける夫。

「この物件はクレジットカードの所有者じゃないと契約できない、俺は持っていないからお前が契約者になれ」と。そこで初めて発覚した夫の自己破産の過去。

何度も断るBさんに粘り続ける夫。1週間ほど押し問答を繰り返し、夫は「早くしないと他の人に物件取られちゃうだろ、早くしろよ」とキレ始めます。

拒めば離婚になりかねないシチュエーション。

妊娠3カ月で悪阻と毎日のハードワークで判断力が低下していた上、お腹の子供を一人で育てるとなると仕事が続けられなくなることがわかっていたBさんは離婚というカードを使うことができず、とうとう根負けして物件の契約に応じることになりました。「中を見てから決めたい? 俺を信用できないのか?」と言われ、内見さえさせてもらえずに。

 

ところが、夫の要求はエスカレートしていきます。次の条件はなんと姑との同居。

そもそもは子育てサポートを頼めるからと近距離別居を検討していたはずが、蓋を開けてみたら最初からの同居。そして姑と夫は契約者のBさんを差し置いてさっさと先に新居に引っ越しを完了させてしまいます。

後から引っ越ししたBさんは初めて入ったその家の様子に驚愕しました。なぜなら2人の新居の、本当だったら広いはずのリビングに異常な数とサイズの家具が詰め込まれていたからです。

タバコの臭いが染み付いたソファー2台に大きなダイニングテーブルと椅子が6脚、さらにコーヒーテーブルにサイドテーブル。そして中身がパンパンに詰め込まれた食器棚とチェスト。夫が子供の頃からずっと使い続けられてきたそれらの家具は全て一軒家仕様の大きなサイズで、手入れもされず塗りが剥げたような状態の悪い物ばかり。

そのときには妊娠5ヶ月になろうとしていたBさんですが、大きくなってきたお腹では家具の隙間を縫って普通に歩くことができず、背伸びして太腿を使って上手にすり抜けないとダイニングを移動することができなかったといいます。

 
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