ついでを装う、下世話な電話


「ねえ、美樹の幼稚園てさ、ちょっと有名な、マリアンヌ幼稚園だよね? エミカっていうママ、いたりしない?」

翌週、高校時代の友人からの電話。彼女はいかにもついで、というふうに聞いてきたが、これが本題であったようだ。

「え? どうして?」

一番仲がいい、などと言ったらば肝心の話を聞き逃してしまうかもしれない。本能的にはぐらかした。

「主人の同級生が、すっごく美人だけどたちの悪い女に引っかかった、っていう話が年末の同窓会で出たらしくて。ほら、うちの主人、小学校から私立だからずっとつるんでるのよ。その友達、結構な名家のおぼっちゃまらしいんだよね。なんか家業のメーカーを継いだとか。

でも、ちょっと…予定外の女性との間に子どもができて、仕方なく結婚したらしくて。彼女、お金遣いも荒いし、家事もあまりにできないんだって。お姑さんの面倒も見ないし、ちょっと言えないような過去もあるらしくて……子どもはかわいいけれど、限界だから離婚したいって相談されたらしいのよ。で、聞いたことある幼稚園の名前だったからさ」

 

「……知らないなあ。私、幼稚園に友達、あんまりいないんだよね」

電話を切った後、時計を見た。もうすぐ娘のバレエ教室が終わる時間だ。絵美香さんと貴子さんの子どもたちも、一緒にピックアップすることになってる。

火曜日のこの時間は、私が暇だからと車で3人を迎えに行き、送り届けるのが常態化していた。お礼に、といつでも恐縮するような美味しいお菓子やちょっとしたプレゼントを2人はくれるけれど。そのたびにプライドが傷つくのは、自分に自信がないから。あの2人に対して感じる劣等感がそうさせるのだと自覚していた。

 

「なあんだ。完璧な奥様、に見えたのにねえ……」

私は車のキーを掌に載せ、声に出してみる。なんだか体の力が抜けたような心地がした。

女性としても母親としても、人に誇れるようなものがないことを自覚して、日に日に心に澱がたまるようだった。周囲の田園調布妻たちにはコンプレックスしか感じなかったけれど。

「意外にみんな、完璧を装っても、秘密があるのかもしれないわねえ。……弱味を見せないのはお互いさま、か」

これからは絵美香さんを好きになれそう。貴子さんも、もっと注意深く見ていれば意外に「親しみがわく理由」が見つかるかもしれない。

私はかつてなく親密な気分を彼女たちに対して抱きながら、お迎えの車を走らせる。

【第3話予告】
義両親と二世帯住宅で同居していると、奇妙な事件が起こり……?

ありふれた日常に潜む、怖い秘密。そうっと覗いてみましょう……
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イラスト/Semo
構成/山本理沙

 

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