夫が提案した意外な解決策


それまで病気とは無縁だった私は、胃痛で病院に駆け込み、胃潰瘍と診断されてすっかり気落ちしてしまった。私の心身の異変を、さすがに遠く離れた夫も気が付いたようで、遠隔ながらに様々な対策を講じてくれた。

そのうちのひとつが、会社の補助金を使ってお手伝いさんをつけるというもの。駐在に帯同しなかった子育て中の世帯には、扶養家族数に応じて毎月結構な額の手当が出る。

上の子は幼稚園に通っていたが、その間に下のふたりを連れて家事や買い物をこなさねばならない。何よりも、大人との気分転換のおしゃべりができないことが堪えた。

どこに行くにも子どもがいるので、ちょっと息抜きに友達とランチへ、というのもままならない。両親は離婚し、すでにそれぞれ家庭を持っていたから、頼るのも憚られたし、友人の多くは子育てよりも仕事に邁進している時期だった。結果的に、私はひとりで全てを背負い込み過ぎていた。

そこでハウスキーパー紹介所を通して、週に2回、来てもらうことになったのが三田村さんだった。大企業の役員や大使館職員のところでも仕事した経験があるという彼女は、ベビーシッターの資格も持ち、体に優しい素材と味付けでおかずの作り置きもしてくれる。何よりも、絶妙な距離感で、詮索しすぎることもなく、非常に「わきまえた」人だった。イメージしていた「お手伝いさん」よりも若く、はじめは距離感にとまどったが、あまりに彼女が有能で、週3回お願いするようになるまで2か月とかからなかった。

 

「奥様は、お幸せですね。こんな可愛いお子さんと、優しい旦那様がいて、こんな素敵な一軒家にお住まいで」

三田村さんが、三日月のような目をさらに細めて、デカフェのコーヒーを淹れながらそんな言葉を掛けてくれる。家のリビングで誰かが自分のために淹れてくれるコーヒーがこんなに美味しく、心を和ませてくれるとは思わなかった。子どもたちは三田村さんが持ってきてくれた英語教材の人形劇DVDに夢中になっている。

 

「えー、そうかな? 三田村さん、夫に会ったことないじゃないですか。普通のサラリーマンですよ。じつは私、祖父からもらった株があって、配当金が多少出るからあまり気兼ねしないでへそくりを使えるっていうだけ」

思わず口が滑って、そんなことまで話してしまう。友達にも夫にも内緒にしていたが、まるで母や姉のように一緒に育児の重責を担ってくれるという連帯感が私を饒舌にした。

「まあ、それは最高ですね。夫の目を気にせずに使えるお金があるっていいですよ。それに、私、以前ご主人様と同じ会社の方のお宅に派遣されたこともあるんですけど……出張のたびに『息抜き』し放題で、その痕跡をたくさん残すものですから、こちらが気をもみました。こちらのご主人様とは大違い」

「え!? 浮気の証拠みたいなこと? そういうとき三田村さんはどうするの?」

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少しずつ、影響を与える「身近にいる他人」の言葉。やがて妻は……?
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