「お手伝いさん」が見た、派遣先の家庭で起こった異変とは?
「まあ、私としてはやはり奥様に肩入れしてしまいますから……できるだけ波風が立たないように、ゴミ箱のうかつなゴミなんかは素早く処理したり、こまめにスーツをクリーニングに持っていたりというようなことは心がけます」
私はにわかに胸がどきどきしてきて、三田村さんの顔を見た。
「でもそれって、奥さんの味方をしている、って言えるのかしら? 知らぬが仏、っていうこと?」
「それはとても難しいところですが……できるだけそのご家庭が『あるべき姿』になるように、と心に留めて仕事をしています」
あるべき姿。私は納得したような、そうでないような気持ちで黙り込む。夫の会社は世間的には人気の有名大企業ということになり、羽振りもいいから、結婚するときには周囲からやっかみとも脅かしともつかないような言葉も言われた。でも夫に限って、そんなことはないと信じている。
「ねえ、三田村さん。長年の勘で、なにか変だなって思うことがあったら、遠慮なく言ってね」
「いえ、奥様のところはまさか。……これまで見てきて、単身赴任のご主人様で気をつけたいのは、ビデオ通話の頻度でしょうか。現地の生活に慣れたとしても、家族と話したいと思うのは変わらないはず。急に電話の頻度が落ちるのは、たいてい良くないサインでしたね。やたら元気で充実感のあるLINEもあんまり……。男のひとって存外家が好きで淋しがりですから、あまりにもうまく現地に適応している場合、理由があるんじゃないでしょうか」
私は言葉を続けるのも忘れて、心当たりを探り、しばららく考え込んでしまう。
夫との距離が広がっていく
――愛美、元気でやってる? こちらはこの時期がむしろ適温。仕事が終わったらジムとプールに直行して、体型維持に努めてる。
夜更けに、ようやくうとうとした頃、無神経に配信されるメッセージ通知音を遠くに聞く。ほおっておけばいいと思うものの、気になって結局見てしまうが、見たら見たでもやもやしてしまうことが増えた。今日は三田村さんが来ない日で、買い物は自分で行った。電動自転車の前後に子どもを乗せてスーパーとドラッグストアをはしごしたことを思い出し、夫との境遇の違いにまたイライラが募る。
こんなに頑張っているのだから、三田村さんに来てもらうのを週5回にしてもいいのではないか。今ではちょうどよい距離感の年上の友人と言っても差し支えない。彼女と話すと、精神的に安定する。親身になって言葉を掛けてくれる彼女の優しさが、今の私には必要だった。
ありふれた日常に潜む、ターニングポイント。そうっと覗いてみましょう……
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