平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。

 

第42話 駐妻の憂鬱

 

「またサンダルのオーダーメイド……そんなに作ってどこに履いていく気?」

思わずひとりで突っ込む夕方。LINEのグループトーク通知はオフにしているけれど、9人それぞれがスタンプやらメッセージやらかぶせるので、読んでいるそばからメッセージが増えていく。

「2023バンコク駐妻の会」というのがトークルームのタイトル。そう、私たちは全員、同じ会社に勤める夫を持ち、バンコクの高級コンドミニアムに住んでいる「駐妻」なのだ。

――今度のパーティ、住中商事のみなさんはお揃いのタイドレスで来るらしいですよ!(英会話スクールの友情報)私たちはどうしましょう? 今週作って、部長の奥様のお誕生日会はお揃いも素敵ですね!

――この前みんなでオーダーした色違いのサンダルだけだとちょっと物足りないかも……? お友達がすごく素敵なフルオーダーのドレスを作ってくれるお店を教えてくれました。雑誌の写真があれば立体的なワンピースなんかもそっくりにつくってくれるらしくて。私たちも行っちゃいます!?

サンダルにとどまらず、ドレスまでお揃いで作ることになりそう。みんな目を覚まして! そんな派手色ドレス、東京に帰ったら着ないから、意味ないってば。

続けざまにドレスの写真が共有されて、がっくり肩を落とす。バンコクに来た駐妻は、みんなやたらめったら服や靴をオーダーメイドする。日本よりもずっとお手頃に「お仕立て」ができるから。

でも私は、駐在半年にして、すっかり飽きていた。お仕立てにも、毎日にも。

――わあ、いいですね~!

無難なつもりの返信。ブロックすることも、既読スルーすることもできない、じわじわと私の生活を統制する包囲網。

今頃東京にいれば……。

考えても仕方ないことを、私はいつも通り、お手伝いさんが磨き上げてくれたコンドミニアムの冷たい大理石の床を見つめながら考える。