毎日幸せでいるためにも「気持ちいいことしかしないと決めている」という、スタイリストの伊藤まさこさん。前編では、自分にとっての“気持ちいい”が“美味しい”であると発見するまでについて伺った。その“美味しい”を生み出すために欠かせないのが、“ていねいな暮らし”だ。さらにお話を伺っていくと、ていねいに暮らすことがなぜ幸せに結びつくのか、その本質が見えてきた。

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伊藤まさこ 1970年生まれ。横浜市出身。料理や雑貨といった暮らしのスタイリストとして、多数の雑誌や書籍で活躍中。自他ともに認める食いしん坊で、美味しいものを求めて各地を飛び回っていることでも知られる。『夕方5時から お酒とごはん』(PHP研究所)、『おいしい時間をあの人と』(朝日新聞出版)など著書も多数ある。


呑むために仕事は必ず17時で切り上げる!
 

「私の人生から食が抜け落ちたら、非常に困ります(笑)。1日のスケジュールも旅先も食で決めているぐらいなので」と語る伊藤さん。最近は、日々の食を美味しく味わうためにも、健康でいることの重要性を痛感しているそう。

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家具に合わせて壁の色を塗り替えたという食器収納スペース。お気に入りの食器ばかりだが、「物に執着はない。もし地震ですべて割れてしまったとしても、それはそれで受け入れられると思う」と語っていたのが印象的。

「つい先日、ギックリ腰になってしまったんです。鍼の先生には、『腸の詰まりも原因のひとつですよ』と言われてしまいました。そこで一念発起して3泊の断食に行ったら、ものすごく体調が良くなって。断食後は何を食べても素材の味が体に染み渡る感じで、ものすごく美味しい。だから今は、美味しく食べるために体を整える、ということに興味が出てきましたね。とはいっても、二日酔いの翌日に食べる煮麺とかも、これまた美味しいんですけどね」

それだけに伊藤さんの毎日はとても健康的。朝はだいたい日の出とともに起きて、娘さんを送り出した後は、原稿書きや打ち合わせ、撮影などひたすら仕事に励むという。

「なぜなら17時から呑むため(笑)。仕事も、ある程度余裕を持って入れるようにしています。この歳になると自分のキャパも分かっていますから。それで22時くらいには必ず寝る。美味しく食べるために限らず、自律神経を整える生活リズムは大事だと思います。とにかく無理はしないこと。」


新しい店は行かない、友達もたくさんいらない


とは言っても、「何がなんでも規則正しく」というわけではない。取材に訪れたこの日も、「この後撮影があって。そのとき体が重いのが嫌なので、朝ご飯は食べてないんですよ」とおっしゃっていた。日によっては、付け合わせもなしにお肉だけいただくこともあれば、スナック菓子を食べることもあるという。

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「友達は少なくていい」と言う伊藤さん。仲のいい友達を呼んで、自宅でゆっくりおいしいものを味わう時間をとても大切にしている。

「そういうときは、『体調が悪いのかな』とは思いますけど、無理に我慢はしません。“美味しい”って詰まるところ、バランスだと思うんです。だから私、食いしん坊ですけど、食の流行を追って新しい店に行くということはあまりしないんです。もちろん、昔はさんざん開拓しましたよ。でも今は、馴染みの店に行くのが好き。いくら美味しくても、客層が自分とは合わなかったり、気取った店だったりしたら落ちつかないから。確実に美味しく食べられるところが分かっているのに、わざわざ不確実なことをする必要はないかなって」

それゆえ、友達もたくさんはいらない、というのが伊藤さんの考え方。SNS上では友達100人などというのが当たり前の時代に、これまた伊藤さんらしい潔い考え方だ。

「以前、私の知り合いにいつも夫の愚痴を言っている人がいて。それで私、あるとき『別れるつもりでも応援するし、続けるつもりでも応援する。だから愚痴はやめてほしい』と言ったんですよ。でも彼女は、ただ愚痴を言いたかっただけみたいなんですね。そこから距離を置かれるようになってしまったけど、まあそれならそれで良かったのかな、と。悪い人じゃなくても、どうしても気の合わない人っていうのはいるじゃないですか。そういう人とは無理に付き合わなくてもいいと思うし、ましてやご飯を一緒に行く必要もないと思う。一緒に美味しくいただける仲間が数人いれば、私はそれだけで充分なんです」


“ていねい”は自分に返ってくる


“美味しい”はもちろん大事。そして、居心地のいい店、気の合う人。伊藤さんのお話を聞いていると、ていねいに暮らすということは、自分にとって大事なことを見極め、余計なものを削ぎ落とすことなのかもしれない、という気がしてきた。

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使い込まれているのに、スッキリと片付けられたキッチン。それでも「もっと物を減らして自由に移動できるようにしたい」という。

「簡単な食事でも一手間加えたり、上質なものを見極めてそれ一つを大切に使ったり。何でもひとつのことを大切にすると、そのまわりが丁寧で上質になってきます。丁寧ってスパイラル。それは人づきあいも同じこと。人から優しく、大切にしてもらいたいと思っているなら、まずは自分がそういう気持ちになることが大事ですよね」

もちろん伊藤さんも、今の“ていねいな暮らし”にたどり着くまでには、失敗もたくさんしたという。

「自分の“気持ちいい”を見つけるには、たくさんの経験をすることが大事だと思います。
レストランなどの店選びにしても、友人づきあいにしても、あらゆることを経験したからこそ、学んだことが多々あります。失敗を恐れず、まずは経験。」

そんな伊藤さんは、この先の人生をどのように暮らしたいと考えているのだろう? 著書には「ああ、おいしい。毎日そう言って、気分よく生きていたい」と書かれていたが…

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椅子は北欧のデザイナー、ウェグナーのもので、10年程前に手に入れたもの。 「大きな家具は少しずつ吟味して選んできました」と言う。

「もっともっと荷物を減らして、自由に移動して生きたいですね。私は、終の住処を持ちたいという気持ちはないんです。旅をするのはもちろんだけれど、いろんな場所に住んでみたい。人間、いつ死ぬか分からないし。そう言うと、『今は100歳まで生きる可能性が高い時代だよ』と言われるんですけど、長生きするならするで、余計クヨクヨしないで健康でいないと。もちろん、悩んでいい答えが出るなら悩みますけど、確実な答えなんてないでしょう? なら美味しいものを食べて、毎日気持ちよくいたほうがいいし、そのほうがいろんなことのジャッジも明確になると思うんです。失敗しないようネットで調べることも大事だと思うけど、私は、もっと動物的な感覚を大事にしたいんですよ!」
 

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『おいしいってなんだろ?』

伊藤まさこ著 1400円(税別) 幻冬舎

「世にあるおいしいをなるべくたくさん味わって死にたいもんだ」と語る伊藤さんが、その“おいしい”とは何かを探った1冊。コーヒー焙煎家のオオヤミノルさん、グラフィックデザイナーの若山嘉代子さん、作家の吉本ばななさんなど、多くの人との食対談を収めている。また地元・横浜の崎陽軒の工場見学、断食体験のレポートの他、「おいしい話あれこれ」コラムも。食と幸せのつながりをあらためて感じさせられる1冊だ。

撮影/目黒智子 取材・文/山本奈緒子