昨年、世界的コンピューターメーカーのアップルが開催した世界開発者会議「WWDC2017」。世界中の優秀なアプリ開発者を招待してそのアプリを紹介する、という開発促進のための祭典だ。その「WWDC2017」に、若い開発者たちに混じって82歳の日本人女性がいたことが大きな話題となった。名前は若宮正子さん。60歳でパソコンに初めて触れ、好奇心の赴くままに独学で習得。今ではアプリやソフトのプログラミングまでこなすほどの腕前となった。「長生きすることは大事だけど、質も良くないと。人生は“質×量”ですよ」という若宮さん。今日までの人生を伺うと、その好奇心の旺盛さに圧倒された!

【若宮正子さん インタビュー】アップルが尊敬する83歳のプログラマー 〜人生は“質×量”が大事〜【前編】_img0
若宮正子 1935年生まれ。東京都出身。三菱銀行(現在の三菱UFJ銀行)を定年退職後、パソコンを学び始める。1999年に創設されたシニア世代のサイト「メロウ倶楽部」の創設メンバーで、現在は副会長を務めている。2017年に、米国アップルによる世界開発者会議「WWDC2017」に招待され話題に。また「人生100年時代構想会議」の有識者メンバーでもある。著書に『60歳を過ぎると、人生はどんどんおもしろくなります。』(新潮社)、『明日のために、心にたくさんの木を育てましょう』(ぴあ)がある。


チャットがしたかった、ただそれだけ


「初めてパソコンに触れたのは60歳の少し前くらい。きっかけは、“チャット”という機能について耳にしたことです。私はとにかくお喋りが大好きだったから、コンピューターがあれば家にいても“チャット”という文字のお喋りができる、と聞いて。それでとりあえず秋葉原に行ってみたんです」

 パソコンを始めたきっかけを伺ったところ、驚くほどピンポイントな動機を語ってくれた若宮正子さん。パソコンに関する知識はゼロだったが、「電化製品なら秋葉原よね?」とあれこれ考える前に足を運んだ。そして実際の商品を目にするや、「面白そう!」と即購入してしまったという。 

「パソコンの勉強なんてまったくしませんでしたよ。お店の人に『チャットをするにはどうしたらいいですか?』と聞いて、言う通りにしただけ。多くの人はパソコンを始めるとき基礎から学ぶみたいだけど、私はチャットができればそれで良かった。他のことはどうでも良かったから、チャットはできても『文字化けってお化けのこと?』なんて聞いていたほど(笑)。でもそれで充分。その後母の介護をすることになり、10年間、なかなか家を離れられない時間が続いたのですが、チャットでいろんな人と交流できたから孤独にならずに済みました。あれは本当にありがたかったですね」

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パソコンは卓袱台に設置。正座して打つのが若宮さんのスタイル。

その後も「高かったしゴミにするのももったいないな」と、遊びとしてパソコンを“いじくり回していた”そう。

「分からないことがあったら全部ネットで聞くの。本なんて読まない。チンプンカンプンで、すぐ嫌になってしまいますから。そんなことしなくてもネットを見ていると『教えます』みたいな人はいっぱいいて、質問して言う通りにやればサクサク進むんですよ。面白いのは、そうやって教えてくれるのって若い人が多くて。私がいつも聞いていたのは中学生の子だったんですけど、私はハンドルネームを“まーちゃん”にしていたから、向こうも私を同い年くらいの子供だと思っていたみたい。ため口で接してきていたので、若者言葉もいっぱい覚えましたよ。“www”とかね(笑)」


忙しくて楽しくて悩んでいる暇なんかなかった


興味を持ったことには、準備なんかしないでまず飛び込む。今年で83歳になる若宮さんだが、これまでの人生、ずっとそうやって歩んできたという。

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定年退職後の60歳からパソコンを始めた若宮さん。「パソコンで作業することが楽しくてたまらない」とイキイキした表情で語っていたのが印象的。

「私がmi-mollet世代の頃は、銀行に勤めていたので仕事中心の毎日でした。当時は機械化が進んでいないから、黙々と算盤をはじける人が優秀な社員だったんですね。だから、じっとしているのが苦手な私はダメ社員でした(笑)。でもちょうどmi-mollet世代のときに、企画開発部門に異動になったんです。これがとにかく面白かった。いろんな業務提案をしては、それを形にすべく進めていって。その後、『女性の管理職を誕生させよう』という会社の方針もあって、管理職にまでしてもらって。まわりの理解もあってやりたいことがやれて、楽しかったし忙しかったし、悩んでいる暇なんて全くなかったですね」

 エネルギッシュに活動していたのは、仕事においてだけではない。オフには、当時徐々に解禁になっていた海外旅行も楽しんでいたという。

「私が若い頃は、まだ海外旅行が許可されていなくて。それがグループでなら行ってもよろしいとか、個人旅行もしてよろしいとか許可されるようになったものだから、嬉しくて行ける限り行ってましたね。イギリス、フランス、イタリア、スペイン、オーストラリア……、大都市はもちろん小さな田舎町にもたくさん足を運びましたよ」


準備はほどほどにして行動しちゃいましょう


そう聞くと、当然英語は堪能なのだろうと思っていたら……、「英語? 今でもほとんどできませんよ」と驚く答えが!

「何年か前にチェコで道に迷ったんですよ。でも私は英語が全然話せませんから、身振り手振りで必死に尋ねていました。そうすると相手も『どうやら道を尋ねているらしい』というのは分かるから、これまた身振り手振りで必死に教えてくれるんですよ。おかげで無事に目的地にたどり着くことができました。ホテルの朝食の時間や場所の説明だって、聞き取れなくても大丈夫。いい匂いが漂ってきたら、それを辿っていけばちゃんとありつけますから(笑)」

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テクノロジーへの抵抗はゼロ。スマートスピーカーも発売されるや購入。「ねえグールグル、1時間後にアラームを鳴らして」と使いこなしていた。

今は何事も事前に調べて把握できる時代だけに、把握できていないことがあると過剰に不安になってしまいがちだ。そんなときは行動を起こすこと自体ためらってしまうが、若宮さんは「まずやっちゃいましょうよ」と言う。

「いくら準備をしても、トラブルが起きるときは起きるんですよ。先月もね、用事があって福岡に行くことになって。無事に福岡行きの飛行機に乗り込んだから、『乗りましたよ』って先方にメールしたんですね。そうしたら別の飛行機が、タイヤがパンクしたとかで滑走路上で立ち往生して。結局、私が乗り込んだ飛行機も飛べなくなって、降ろされちゃったんです。人生にはそういうこともある。だからみんな、賢くなるのはほどほどにして、やりたいことがあったらさっさと行動しちゃったほうがいいですよ」

「悩んでいる暇はない、まずやる」の精神で、四十の手習いならぬ82歳の手習いでアプリゲームの開発までしてしまった若宮さん。それゆえ「これからは高齢者こそITの習得が必要」と強く感じているよう。次回は、そんな若宮さんの「100年時代構想」について詳しく伺った。そこには今後の人生をより充実させるためのヒントがぎっしり詰まっているので、ぜひご一読ください!7月14日(土)公開予定です。

撮影/水野昭子 取材・文/山本奈緒子