私は、寝ている時以外の止まっている母を見たことがない。
街へ一緒に出てもスタスタと足早に行ってしまうので、幼い頃は見失わないよう必死だった。私の視線の先を歩く母は大抵、エルメスのスカーフと足首あたりまである長いスカートを揺らしていた。
ここまでは2年前、エルメス祇園店のオープンで寄稿させていただいた際にも少し触れた話だったけれど、実は街中だけでなく、公園や家の中でも、素材は違えど同じ類いを穿いていたことを最近急に思い出した。
あんなにチャキチャキ動く彼女なのに、おっとりとフェミニンなイメージを周囲に持たれていたのが子どもながらにいつも不思議だったが、今思えば、あのスカートたちが一役買っていたに違いない。
風をはらんではためく感覚を足元で感じる楽しさ。
大股で歩いたときの心地良いまとわりつき方。
ちょっと小走りになってみたり、ほろ酔い気分で踊ってみたり…。
陽気に、アクティブに、動けば動くほど、
素敵に揺れて、女らしい彩りまで加えてくれる。
しかも、日本人特有の膝の曲がった歩き方や下半身太り、
そして座る脚のお行儀が多少悪くたって、
パンツのように目につくことはない。
私自身、大人になってこの魅力に気づいてからは、ラフに過ごしたい日ほど柔らかなロングスカートを選ぶようになった。飛行機での長時間移動も例外なくそう。それから、むくみ体質が故によくある、残念な姿の足を見た朝もロングスカートに助けられ、こんな日に限って、と気分が落ちることがない。
あぁ、想えば想うほど魅力的。なんて偉大なアイテム!
そして更に私には、ロングスカートの日を一層楽しむ、小さな秘密がある。
それはちょっとした振る舞い。
例えば階段の上り下り。
そのままでは引きずってしまう優雅な丈なら、上がる時は前の腿あたりを、下がる時には後ろの腿あたりを決して大げさにならないようさらりと持ち上げる。
理想はまるで紳士が女性に扉を開けるときのように。ごくごく自然に。
打合せ先の会社の階段を、駅の階段を、億劫と感じるよりむしろ、フッと一瞬特別な場所にいるようなドラマティックな気分にさせてくれるひととき。
そして何よりもスペシャルなパーティーでもない限り、スカートが階段を擦って歩く姿はなるべく避けたいのも本音。
でも、誰も気づかないかもしれない、自分の中だけの特別な所作って、それだけでワクワクする。
服選びは何よりも先に、
それを纏ったとき、気持ちがアガるかどうか。
今のところ、私には、ロングスカートがベストアイテム。
スカート見えパンツじゃ物足りない。
さあ、貴女は日常にロングスカートを纏う?
貴女が気分のアガる所作、そしてそれを美しく魅せてくれる服って、ありますか?
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