おはようございます!

GWも終盤となって、我が家にとって最大のお楽しみが訪れました。息子が待ちこがれていたパパが日本に遊びに来たのです。

だいぶ物がわかるようになった息子は、数日前から「もういくつ寝たらパパがくるの?」とカウントダウンを開始。到着日の朝は目を覚ましてからずっと、パパはいつ着くのかと質問しまくっていたので、夫が早朝の便で日本入りしてくれて助かりました。

ついに夫が帰ってくると三男は大はしゃぎです。私がシンガポールに行っても、長男次男はこんなに歓待してくれないし、すなおな感情表現はこの年齢ならでは。

「ぼく、パパに会えなくて悲しかったんだよ」と、会えた喜びだけでなく、会えなかった期間のつらさを訴える息子。「会えなくて悲しい」という気持ちをたったいま発見してさぞ新鮮かのように、くり返し宣言する様子がおかしかったです。

ついさいきんまで時間の観念があまりなく、この瞬間だけを生きている(まぁ今でもわりとそうなのですが)生き物だったのに、ずいぶんとこみいった感情を持つようになったんだな、と感慨深い。

そしてこの文脈で「悲しい」という言葉が出る、その心根のまっすぐなことよ。大人になるとおかれる状況に応じて心も複雑になるのか、悲しいと直球で感じることってあまりないような気がします。悲しいと言ってみたところで、カッコ付き「悲しい」ではないかと疑ってしまう。機微を読みとる感性のひだがこまやかになったのかもしれませんが、「そうか、パパに会えなかったことは、カッコなしの悲しいでいいのか」と息子に教えられた気がしました。

さて今回、夫はあまり長く滞在できません。特に予定は入れてなかったけれど数少ない休日なのでどこか行きたいね、ということになり、到着翌日は近場にお出かけすることにしました。

行き先は夫のリクエストで三浦半島。葉山や三崎にはそれまでもよく行っていました。そこで、行ったことのない東側の横須賀エリアを目指すことに。

電車で横須賀中央まで行ってから、車で観音崎公園へ。

その日はくもり空で涼しく、外を歩くにはちょうどいい天気。

今回、お兄ちゃんたちはシンガポールで留守番で、夫は単独で来日しました。滞在中は夫婦と三男だけなので、まるでひとりっ子みたい。親にとっても子どもが一人だと楽だし、息子も両親をひとり占めできて嬉しそうです。

 

潮の匂いがする、しっとりした空気の中で、5月の緑が息づいていました。夫が「ジブリの映画みたいだね」としきりに言います。⋯⋯確かに。というより、ジブリの映画が日本の自然を生き生きとうつし取っているんでしょうね。

 

海沿いの道をはなれ、木々に覆われた道を通って小高い丘をのぼっていくと、観音崎灯台です。

 


観音崎灯台は、全国で16基しかないのぼれる灯台の一つなんですって。

灯台からの見晴らし

私たちが灯台にのぼっている間に雨が降り出しました。

大気中にたっぷりふくまれた水がそのまま雨になってあたりを包んだかたのような、穏やかな雨。新緑がいっそうやわらかくあざやかに際立ちます。

すぐやむかと思いきや本降りになってきて、服はじっとりと重くなってきました。降っても小雨だろうときちんとした雨具を持ってきていなかったので、公園からは早々と退散。

子ども(と夫)はもっと公園で遊びたかったかもしれないけれど、雨は私にとっては好都合。「雨だから仕方ないよね〜」なんて言いつつ、公園のお隣りのSPASSOへ行ってまいりました。

 

SPASSOは観音崎京急ホテル併設のスパ。ホテルの閉館に伴って今年9月いっぱいでクローズしてしまうようですが、その前に来られてよかったです。

すばらしかったのが露天風呂で、広々と眺望が抜けていて海原と行き交う船を眺めながら温泉に入れます。おおらかで、のんびりとしたお風呂。

GWなのに、週末なのに、空いているのもよかったし、ロッカーも清潔でした。

こういう時に夫が息子をひき受けてくれると、女湯でひとりくつろげます。

夫といっしょにいると行動範囲が広がって楽しい面もあるし、ペースを乱されてしんどい面も両方ありますが、旅先でひとりお風呂に入る時間をプレゼントしてもらうことも含めての、家族いっしょ。べったり近くにいなくても、助け合える存在がいるのはありがたい。それは日本とシンガポールにはなれていても、基本は変わらないのかもしれません。

横須賀に戻ったら、どぶ板通り商店街へ。日本の商店街とアメリカが融合したディープな街角で、ビールを一杯。この頃には雨も上がり、一日の終わりの太陽が明るい光を投げかけていました。「夕方に軽く一杯」の時間も、アペリティフが大好きな夫がくれるプレゼント。