それぞれに異なるリアルな魅力と高い共感度


――主人公の母親は、夫と子どもたちを置き去りにして姿をくらましていて、あまり多く触れられてもいないですよね(笑)。物語は、地球に小惑星が衝突する、しかもそれは日本の九州は熊本であることが発表されて、人の姿が消えた福岡県が舞台です。自動車教習所に通う23歳のハルと教官のイサガワ先生が、教習車のトランクからめった刺し死体を発見してしまい、事件の真相を追っていく展開です。

『此の世の果ての殺人』 著:荒木あかね

荒木:自分が運転免許を取りに行っていたときに思いついた設定に、地球滅亡という設定を加えたのは、数年前に読んだ新井素子さんの『ひとめあなたに…』の印象が強く残っていたこともあります。もうすぐ世界が終わるのに、会いたい人にひとめ会うためだけに自分の足で旅していく女性主人公がすごくかっこ良くて。新井先生が選考員をされていたから応募先を乱歩賞にしたのもあって、今回読んで頂けて本当に嬉しかったです。

――主人公のハルは家族に関する屈託を抱えていて、地味で消極的な性格。人に親切にする機会に巡り合ったら、いつも「あ、いい人アピールするチャンスだ」と思っている善人ぶっている自覚もあります。
対して相棒となるイサガワ先生は元刑事で熱く行動的なタイプ。まったく異なるふたりですが、不思議とどちらにも「わかる」と共感してしまう部分がありました。死刑制度に大賛成、人を殺したヤツなんて、<因果応報、さっさと死ねばいい>と思っているイサガワ先生の「異常な正義感」でさえ、頷ける人は少なくないかと。

荒木:ハルが超消極的なので話は動かし難いなと自分でも思いながら書いていたのですが、そのぶん、相棒のイサガワ先生に動いてもらって物語を進めて。イサガワ先生は最初、単に正義感が強いという設定だけだったんですが、話を作っていくうちに彼女の持っている欲望は正義とは呼べない、そんなキラキラした言葉でコーティングしてはいけない気がして、ちゃんと向き合わせようと考えました。

あとは、フィクションの中でしか見聞きしない、~なのよ、とか、~だわ といった女言葉はなるべく使わないように気をつけました。自分が読んでいて違和感のある表現は避けて、記号化されていない登場人物にしたい気持ちがあって。

――どうせ数ヵ月後には、みんな死ぬことが決まっている世界で殺人事件が発生する。なぜ? 誰が? といったミステリーとしての真相を追う楽しみと同時に、ディストピアを生きる人々の姿にも心が動かされる物語です。

荒木:地球がもうすぐ滅亡してしまうというなかで、自分を見失わずに協力して生きている人たちの姿を描きたい思いもありましたし、自分の弱さに負けて、そうはできない人がいるのも想像はできて。どちらかに寄るのではなく、登場人物に幅を持たせたい、多様な人々を描きたい思いがありました。

 

目覚まし時計をかけずに寝ることがいちばんの楽しみ


――先の10月いっぱいで会社は辞められたそうですが、それまではどんなふうに執筆時間を捻出されていたのでしょうか。

荒木:仕事をしているときは、通勤電車の中や会社の休憩時間にスマホで執筆して、帰宅後にそれをパソコンで打ち直していく状況でした。

毎晩、夜寝る前に、こんな話を読みたいな、書きたいな、と考えることを睡眠導入剤にしているようなところがあって、頭のなかで物語の世界を考えている時間も、プロットとして設定を打ち込んでいるときも楽しいし、小説の形にするための文章を書いている時も楽しいです。

――では、読書と執筆以外の趣味や楽しみは?

荒木:私は全然面白みのない人間で、最近、いちばんはまっている遊びは……休みの前日に目覚ましをかけずに寝る、ということくらいです(笑)。せっかく取った運転免許も身分証明証にしか使ってないし、人類が滅亡する日が来ると知っても、特に何もできずに絶望して家でじっとしているんじゃないかな。