ただ、24時間以上子どもと離れてみたい
バランスを崩すのは、子どもが夏の間に隔週で伝染病をもらってきたりだとか、保育園が休園になったりだとか、子どもからうつった風邪が悪化して咳喘息を発症したり、在宅勤務になった夫と険悪になったり、原因はいろいろ。何もないところで突然心が折れたりもしました。
ああ、もうだめだ。と思ったとき、母親になる前の私は、何事からもわりとすんなり逃げられる性格でした。無責任、自己中、と周囲に思われることもあったと思いますが(自覚あります、すみません)、良くも悪くも強気に自分を優先する能力には長けていた方です。
でも大袈裟に言えば、幼児って少しでも目を離すと何が起きるかわからない時限爆弾みたいなもの。しかもその時限爆弾は、厄介なことにこの世で一番愛おしい存在。だから放置して逃げることなんてできずに、気づけば4年以上経過しました。
自慢なのか愚痴なのかちょっとわからない文章になってしまいましたが、何が言いたいかというと、私は「子どもと数日離れてみたい」「少しでいいから、何も考えず24時間以上好き勝手過ごしてみたい」と、ずっと感じていました。子ナシ旅行だけでなく、仕事の出張、夫婦喧嘩でたびたび家出をしてビジネスホテルに泊まるという友人のことも羨ましいと思っていました。
愛しい存在を授かって感謝している。自分は幸せだと思う。十分わかっているけど、ギリギリの自分から、愛しい時限爆弾から少し離れたい。じゃないと、自分が少しずつ変な方向にいってしまいそうな、わずかな危機感もあったり。
以前、メンタル系の仕事をしている友人が「誰でも心に地獄を抱えてる」みたいなことを言っていました。あながち大袈裟でもない気がします。誰にも言えないし言わなくても、結構しんどいこと、辛いこと、痛いこと、誰にでもありますよね。
程度の差はあっても、幸せの価値が人それぞれで自分軸が推奨されているように、他人からは「そんなこと?」と思われることが本人にとっては致命的で、誰かと比較して和らぐようなものではない。「何か」が起きてしまったとき、「どうしてあの人が?」という言葉をよく聞きますが、本人なりに抱えてるものが少しの油断でパンクすることがあるんだと思います。
私の場合は、ギリギリの自分から、少し離れてみたかったんです。
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