平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。

 


第97話 運命を知っている【前編】

「あの家の男は58歳、女は71歳で全員が…」患者が告げたぞっとする打ち明け話。歯科治療を断った驚きの理由とは_img0
 

「薫さん、ちょっと早いけどお昼休憩はいりましょうか」

受付に座っている彼女に声をかけると、よほどおなかが空いていたのだろう、ぱあっと笑顔になる。

「そうしましょう、そうしましょう。表のプレートひっくり返してきますね」

「ありがとうございます。じゃあお茶、入れます」

僕は朝焼いただし巻き卵が入ったタッパーを机に並べると、簡易キッチンでお湯を沸かした。

「わーい、卵焼きと煮物! 私、サラダと肉です、今日は」

薫さんがにこにこしながら、診察室の奥、ちいさな畳の小上がりに戻ってきて目を輝かせる。タイマーをセットしておいた炊飯器から、炊き立てのご飯をよそって、いつもの昼食。いつからか、僕らはおかずを持ち寄って食べるようになっていた。

「おいしいですねえ!」

「新米はいいですね。それにこの肉、よく煮て味が染みているから合いますね」

「駅前のスーパーで30%オフで買えたんですけど、ちょっと筋があったんでとりあえず煮てみました」

薫さんはいつも自然体。僕が夕飯の残りを持ってきてごはんを炊く、なんていう無精な昼食を見て、翌日からなぜかご自身もおかずを持ってきて、交換するようになった。

「先生のおかずで生きながらえています!」なんて言うものだから、栄養バランスも気にするように。今では、薫さんには内緒だけども、前の日の残りものなどではなく、むしろ夕食が昼食のために作ったお惣菜の残りになっている。

薫さんと食べる穏やかな昼食が、僕の3食のなかで一番大切だ。