平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
第97話 運命を知っている【前編】
「薫さん、ちょっと早いけどお昼休憩はいりましょうか」
受付に座っている彼女に声をかけると、よほどおなかが空いていたのだろう、ぱあっと笑顔になる。
「そうしましょう、そうしましょう。表のプレートひっくり返してきますね」
「ありがとうございます。じゃあお茶、入れます」
僕は朝焼いただし巻き卵が入ったタッパーを机に並べると、簡易キッチンでお湯を沸かした。
「わーい、卵焼きと煮物! 私、サラダと肉です、今日は」
薫さんがにこにこしながら、診察室の奥、ちいさな畳の小上がりに戻ってきて目を輝かせる。タイマーをセットしておいた炊飯器から、炊き立てのご飯をよそって、いつもの昼食。いつからか、僕らはおかずを持ち寄って食べるようになっていた。
「おいしいですねえ!」
「新米はいいですね。それにこの肉、よく煮て味が染みているから合いますね」
「駅前のスーパーで30%オフで買えたんですけど、ちょっと筋があったんでとりあえず煮てみました」
薫さんはいつも自然体。僕が夕飯の残りを持ってきてごはんを炊く、なんていう無精な昼食を見て、翌日からなぜかご自身もおかずを持ってきて、交換するようになった。
「先生のおかずで生きながらえています!」なんて言うものだから、栄養バランスも気にするように。今では、薫さんには内緒だけども、前の日の残りものなどではなく、むしろ夕食が昼食のために作ったお惣菜の残りになっている。
薫さんと食べる穏やかな昼食が、僕の3食のなかで一番大切だ。
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