自分の代わりはいくらでもいる。だから、少し傲慢に生きようと思う


——主人公は、ある事件がきっかけで報道局からイベント事業部へ異動したテレビ局員・守谷京斗。同僚から祖母の形見である絵について相談を受け、「たった一枚の展覧会」を開くために奔走します。加藤さん自身は最近気になっているアート展はありますか?

加藤:もともと僕は日本画が好きなんですけど、SNSを眺めていたら大阪で長沢芦雪の展示会をしていることを知って、すごく気になっています。生誕270年を記念する特別展らしいのですが、江戸時代に描かれたとは思えないくらい犬や猫の絵が“ゆるカワ”なんですよ(笑)。ツボで、スマホで眺めているだけでニヤニヤしちゃいます。時間を見つけて深掘りしてみたいです。

「メンターがいなかったから、誰の背中も追わずにすんだ」白黒つかないテーマを描く長編小説。その背景と葛藤【加藤シゲアキ】	_img0

 

——主人公の守屋は異動を機に仕事に対する情熱を失いかけていました。30代半ばになると誰でもそんな時期が訪れる気もしますが、それは加藤さんも例外ではないですか?

加藤:僕の場合、小説を書き終えるたびに燃え尽きています(笑)。仕事をしていると納得できないことだってあるし、自分に対してがっかりすることもあるし、ずっと正しく生きられるわけではないですよね。だから守屋の心の動きは非常に僕に似ているし、皆さんに共感していただける部分だとも思います。同じような体験をしたことがなくても、仕事の悩みがゼロな人なんて少ないだろうし。

 

——迷ったときに心の拠り所にしている存在はいますか? 守谷には社内に尊敬するメンターがいて、彼の言動を道標にしていましたよね。

加藤:僕は、いないな。そういう人と出会えたらよかったな……という願望を小説に落とし込んでいるのかもしれません。ただ、僕の場合はメンターがいないからこそ、誰かの背中を追わずに自分の道を進んでこられたのかもしれません。今後も迷ったときは自分自身の本音と向き合っていくだけですね。

——アイドルでありながら小説家としても実績を積み上げている加藤さんは、次世代の若者に大きなインスピレーションを与える存在だと思います。自分の生き様が後進に与える影響について考えることはありますか?

加藤:極端な話ですけど、僕は自分の代わりなんていくらでもいると思っているんです。僕が存在しなくても、地球や人類が滅びるわけじゃないし。だとしたら、限られた人生をもう少し傲慢に生きてもいいような気がして、アイドルをやりながら10年以上も小説と向き合ってきたんです。そして、それだけ長い時間を費やして好きなことと向き合っていくと、やはり表現が磨かれていくと思うんですよね。自分にしかできないことをやっているとは言えないけど、小説を書くことで自分の生き様を示せている部分はあると思います。

——今回はキャリアで最も製作期間が長くページ数も多い作品を手掛けて、書き終えた瞬間に燃え尽きてしまったと思います。それでも時間が経つと「また前作を超える長編を書きたい」という感情が生まれるものですか?

「メンターがいなかったから、誰の背中も追わずにすんだ」白黒つかないテーマを描く長編小説。その背景と葛藤【加藤シゲアキ】	_img1

 

加藤:そこが怖いところですよね。小説って256ページがひとつの指標になっているのですが、もう、そんなに長い物語は書きたくないです。より短めの指標である192ページでも長いと感じるくらいです。でも、だんだん、どうせまた書くなら今回より長い作品を……みたいなスイッチが入ってしまうことも知っているんですよね。そんな自分の気持ちと向き合いたくないので、今は次作のことは考えないようにしています(笑)。
 

 
 
「メンターがいなかったから、誰の背中も追わずにすんだ」白黒つかないテーマを描く長編小説。その背景と葛藤【加藤シゲアキ】	_img4
 

小説『なれのはて』¥2145/講談社

生きるために描く。それが誰かの生きる意味になる――。

ある事件をきっかけに報道局からイベント事業部に異動することになったテレビ局員・守谷京斗は、異動先で出会った吾妻李久美から、祖母に譲り受けた不思議な絵を使って「たった一枚の展覧会」を企画したいと相談を受ける。しかし、絵の裏には「イサム・イノマタ」と署名があるだけで画家の素性は一切わからない。二人が謎の画家の正体を探り始めると、秋田のある一族が、暗い水の中に沈めた業に繋がっていた――。
「死んだら、なにかの熱になれる。すべての生き物のなれのはてだ」

「なれなかった家族」「果たせなかった約束」「書けなかった言葉」。
見るものを歪め、正すという絵に秘められたある一族の秘密。
一枚の絵を通じてたどり着く「いつか還る場所」。


戦争、家族、仕事、芸術……すべてを詰め込んだ作家・加藤シゲアキの集大成的作品。

シャツ¥4950、パンツ¥5940/キャスパージョン(シアンPR) その他/スタイリスト私物

問い合わせ先
シアンPR tel. 03-6662-5525


撮影/榊原裕一
スタイリスト/吉田幸弘
ヘアメイク/KEIKO(Sublimation)
取材・文/浅原聡
構成/坂口彩
 

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