平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。

 

第47話 幸福な隣人と留守番の犬

 

「こんにちは、隣の沢村です。お邪魔しま~す」

インターホンを押してから、渡された鍵を使って玄関をあけ、大きな声で挨拶をした。声をききつけたトイプードルのチロとペロが、階段の上の柵ごしにキャウンキャウン! と吠えた。喜んで柵に体当たりしているのか、ガシャンと音が響く。

「チロ、ペロ、お待たせしました! お散歩いこうか~」

柵ごと落ちたりしたら大変。私はよそのおうちにも関わらず、少々行儀悪く靴を脱いで急いでなかに入った。2匹に階段下から手を振ったあと、1階廊下の奥の部屋をノックする。

「おばあちゃん、隣の沢村です。紀子さんに頼まれてワンちゃんのお散歩とごはんに来ました」

中から、はいはーい、と声がする。せっかくだからご挨拶をと思い、失礼しますと声をかけてからドアを開けた。

「沢村さん、今日もご苦労様ね、犬のお世話ありがとう」

南東向きのこのお部屋は、いつ来ても素晴らしい日当たり。今時珍しい広いお庭がついた隣家の一番いい自室で、おばあちゃんはいつもこんなふうにニコニコ、編み物をしたりテレビを見たりしている。お嫁さんである紀子さん曰く「足を悪くしてからちょっとボケはじめてる」とのことだけど、1日置きにデイサービスの送迎者がきて、機嫌よく通っている様子だ。

「おばあちゃん、ご飯はいつも通りキッチンに紀子さんが用意してあるよね? よかったら温めてお部屋に持ってこようか?」

私が尋ねると、おばあちゃんはいいのいいの、と首を振った。食事するときは台所にいくよ、というと、また編み物を始める。

一度編み始めると、もう私のことは眼中にないみたい。たしかに少し、痴呆気味なのかもしれない。でもこうして紀子さんが不在の間も機嫌よく自分の時間を過ごせるのだかから、紀子さんは感謝したほうがいいだろう。

私は「じゃあワンちゃん、歩かせてきますね」と言ってドアを閉めた。廊下には、ほかにもドアが3つ並んでいる。

ほんのちょっとだけ好奇心を刺激されつつも、もちろん覗いたりしない。紀子さんに頼まれたワンちゃんの散歩のために、2匹を階段の上に迎えに行った。

こんなふうに、隣家の鍵を預かって入り込んでいることには、ちょっとした「事情」があるのだ。