平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。

 

第48話 お化けマンション

 

「いや~、おじさん、これは厳しい……。お隣がトイレ流したら聞こえるのはちょっと。いくら家賃5万円でも」

アパートの内見を終え、駐車場に来たところで、僕は不動産屋さんのおじさんを振り返った。今朝から僕をあちこちに内見に連れていってくれている彼は、つるりとした頭頂を撫でると、ふむふむと頷く。

「やっぱり都会から転勤してきた人には木造アパートは厳しいかね。これでもここでは相当いい物件だけどね。二重窓だし、暖房費、違うよ」

僕は内心とほほ、と思いながらアパートを見上げる。たしかにそう古くなく、外見はファンシーな2階建て。2LDKで5万円、駐車場3千円はいいほうだろう。

しかし僕は物音が気になってしまうたちなのだ。駅徒歩49分という表示を見ながら、本日5枚目の間取り図を折りたたんでコートのポケットに入れた。

新卒から15年勤めるゼネコンは、地方転勤の辞令が突然出る。今回は前任者の体調不良で、さらに急なことに、お正月休み明けから北海道に行けという。会社もさすがに家族持ちを行かせるわけにいかなくて、独身の僕に白羽の矢が立ったのだろう。

今日はとにかく住処を決めようと、週末を利用して東京からやってきて、一気に物件を回っていた。

「住宅手当は出るんですけど、こっちは暖房費が凄いと脅されてびびってます。車も買わないとならないし。部屋は狭くてもかまわないから、6、7万円くらいで鉄筋の防音がしっかりしてる物件、ないですかね? 駐車場が屋内だとなおありがたいです、凍結するってきいたので」

「うーん、そうは言ってもねえ、山本さん。鉄筋のマンションてのが、この町には1棟しかないんでねえ……」

おじさんは、なにかを思案するようにまた頭に手をやった。

「それだ! お家賃が高いんですか? タワーマンションみたいに?」

僕がとびつくと、おじさんは意味ありげにこちらを見た。

「そんなもんがここにあるわけないっしょ。9階建てだから町で一番高いけどね。家賃はね、3万円。駐車場は無料さ」

「えー!? おじさん! どうしてそこから案内してくれないの? 僕は日帰りだから夜には空港行かなきゃならないんですよ。あ、そうか、そんないい物件、満室ですよね」

「いや、ガラガラ。80戸くらいあるんだけどね、多分20戸も入ってないよ。

……ただねえ、全国でも指折りの、いわくつき物件なんだよ。それでもいいなら、見てみるかい? そうそう、最初に聞いておくけどね、山本さん、あんた『視える』人じゃないよね?」