息子の歓待

「長旅お疲れ様。さっきおやじに電話してね、今日からどうぞって。少しここで待っていて、君の部屋、あっためてくるから。スーツケースは上げておくよ、階段だからね」

エリックは、そう言って私をソファに座らせると、重いスーツケースを軽々持ち上げて2階に上がっていく。なんて紳士なんだろう。

エキゾチックな顔立ちで、身長は180cmほど。明るいところで見ると20代前半といったところだろうか。エリックがいてくれなかったら、私は今夜路頭に迷うところだった……。

私は改めて通された部屋をぐるりと見まわした。心地よく整えられたダイニングと、小さなソファーが置いてあり、かわいいキルトがかけられていた。メアリーの趣味は裁縫や刺繍と書いてあったから、きっと手作りだろう。

オイルヒーターがポカポカと空気を温めはじめていた。

窓辺には若い夫婦が赤ちゃんを抱きしめている写真が飾られている。

「わあ、これがレイとメアリー!? お世話になります……! 赤ちゃんはエリックね?」

写真の中の3人はビューティフルで完璧なファミリーだった。レイは有名なパブリックスクール(名門私立)の教師をしていると事前のプロフィールにあったので、きっとイギリスでも恵まれた家庭なのだろう。

 

「お待たせユリ。ところでもしかしてお腹空いてる?」

答えるまえに、私のお腹がぐうと音をたてた。エリックは「やっぱり夕飯まだ? 僕もなんだよ」と困ったように笑った。

 


夜のささやかな歓迎会

「やあ、助かったよ。ユリがもってきてくれたこのジャパンの缶詰、最高だね」

「そんな大したものじゃ……! でもよかった、結構おいしいですよね!」

キッチンを借りて10分で作った即席のYAKITORI丼と、エリックが出してくれたワインで乾杯しながら、私は嬉しくてスマホを取り出した。ホームステイの初日、どうなることかと思ったけど、上々の滑り出し。

「ごめんねユリ、SNSで家の中がわかっちゃうとよくないから、写真は遠慮してもらってるんだ」

彼の黒い瞳が申し訳なさそうに困惑したので、私も自分のマナー違反に思い当たりはっとしてスマホを伏せた。

「ごめんなさい、もちろんSNSにアップしないように気をつけますね」

レイは超名門校の先生だから、生徒に見られることも考えなくてはならないのかも。エリックは微笑みながら赤ワインを一口、含んだ。

シャツの袖口に何故か土がついている。庭は綺麗に整えられているので、エリックも昼間、手入れをしたのかもしれない。私も微笑みながら焼き鳥をほおばった。

――あれ? そういえば……。

ふと、窓辺の写真を思いだす。ベビーのエリックは、金髪ふわふわだった。目の前に座っている現在の彼は、かなりダークな茶色。目の色も。移民の多いイギリスではまったく違和感がないけれど……写真のレイとメアリーは金髪にブルーがかった瞳の色だった。

ベビーの瞳の色は何色だったろうか?

私は唇の形を笑顔にキープしたまま、頭を巡らせはじめた。

どこかで、ボーンと時計が鳴った。夜のとばりが、ゆっくりと、一軒家を包んでいく。
 

次回予告
【後編】次第に不思議な点が思い浮かんで…? 果たして彼女の運命は?

小説/佐野倫子
イラスト/Semo
構成/山本理沙

 

前回記事「葬儀屋さんで働くことになったシングルマザー。「彼女、葬儀場に行けないのよ、なぜならね...」耳にした戦慄の理由とは?」>>