平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。


第51話 北の町の葬儀屋さんにて

葬儀屋さんで働くことになったシングルマザー。「彼女、葬儀場に行けないのよ、なぜならね...」耳にした戦慄の理由とは?_img0
 

「はい皆さん、注目~。こちら、今日から事務スタッフとして働いてくれる辻陽子さん。週5で入ってくれるからね、助かったよ。仕事、丁寧に教えてあげて、葬儀屋は初めてだっていうから」

職場の視線を集めて、私は恐縮しながら「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。国道に面している、建物はやけにぴかぴかのこの葬儀屋さんが、今日から私の職場だ。

「まあ~、嬉しいわあ、久し振りの新しいスタッフさん! 最近仕事が忙しいから、人手が足りなくて困ってたの。冬場はねえ、どうしても多いのよ~。私、浅井です、よろしくね」

デスクを割り振られて席に着くと、隣の席に座っていた気のいい奥さん、といった風情のひとが話しかけてくれた。小柄で全体的にころんとした丸っこさ。黒いジャケットにスカートをはいているがインナーは私服を着ているから、営業を担当している社員さんだろう。優しそうな人が隣だ。ほっとする。

 

「浅井さん、よろしくお願します。あの、冬場は多いって……?」

私が尋ねると、浅井さんが答えるより早く、背後からにゅうっと手が伸びてきて、湯飲みが私の机に置かれる。

「冬場はね、ご高齢の方がお風呂場で倒れたり、いろいろあるから、忙しくなるのよ。よろしく、涼森です」

振り返ると、髪をひっつめた女性が真顔で立っていた。彼女は私と同じ事務員の制服を着ている。年は私より年上……40歳くらいだろうか。にこりともしないのと、シンプルな髪型のせいか、なんだか冷たい雰囲気だ。

「お茶、ありがとうございます! あの、私にもやらせてください、次に皆さんのお茶をいれるときに一緒に」

涼森さんが手にしているお盆に、湯飲みがいくつも並んで湯気を立てている。これはきっとスタッフの仕事なのだ。私が中腰になると、涼森さんはにべもなく「午後にね」と言うと、湯飲みを再びてきぱきと配りはじめた。

フロアを見回せば、制服のスタッフは私と、涼森さん2人だけ。

――クールな感じの人だな……こ、これは前途多難!?

私は笑顔をひきつらせながら、とりあえず席についた。

でも、絶対にクビになるわけにはいかない。この仕事で、3歳の実花を養わねばならないのだから。