もうすっかりおしりを育成することの虜に


ジムのトレーナーさんに差し迫るような顔圧で「おしりを鍛えるマシーンはどれですか」と聞けば、こちらですと私たちを誘い、獲得の仕方を伝授してくれ、二人でほとんどトランス状態の勢いで尻を上げ下げ。自己の全てを尻に集中させ、私の存在と精神は尻にありけり。尻で思考し尻で感じる。私はおしり、いいえ、違う、私がおしり。一心不乱に尻を動かし続け、息も絶え絶えに崩れ落ちた私たちをこんもり覇者たちは遠くの方で見て見ぬふりをしている。

はあはあやったで、はあはあやったな、はあはあどやろ、はあはあどやろな、生まれたての子鹿のごとく四肢を使って立ち上がり、鏡の前に移動しておしりを映してみれば、なんということやろう、なんだかすでにこんもりしているのである。予兆というか皮膚の奥の方で確実にこんもり予備軍が発生、待機しているのである。「ちょっと、すごない? あがってる……もうあがってるで。カーダシアンみあるでかすかに」「あるな……すごいな」二人で静かに興奮し、今ならインスタに上がっているジムの鏡に自らの尻を映して自撮りしている全投稿にいいねしたい気分。「あんた、その気持ちわかるで、そら撮るわな、尻撮るわな、この大いなるときめきを世界へ拡散するわな!」と謎の共感で半泣きになりそうになりながら、そののちも二人で予定を合わせておしりトレーニング、その行為を二人の間で合い言葉のように“カーダシアン”と呼ぶようになり、私たちはカーダシアンをしにジムに足繁く通った。
 

 


しばらくしたある日、私はついに一人でカーダシアンをしにジムへ行くことにした。親友には予定があったのだけれど、私はもうすっかりおしりを育成することの虜に、否、もはやおしりの虜、おしりに支配され、おしりの奴隷になっていたので、一人で出陣、否、出ジムすることに決めた。

決行の朝、親友に「一人でカーダシアンしてくるわ」と連絡し、「おう行ってき。カーダシアンと共にあらんことを。メイ・ザ・カーダシアン・ビー・ウィズ・ユー」と激励を受けて、心の中でスター・ウォーズのテーマ曲を爆音で流しながら自宅のドアを開け放った。

私もおしりマスターのようにシャンパンをおしりに乗せられる日が来るのだろうか、長谷川京子さんもおしりは大事って言うてはったしなあ、洋服がきれいに見えるもんなあ、今日も私の臀部は今にもラテンのリズムを刻みだしそうやわあははん。そんな期待と興奮を詰め込んだ尻がジムに到着し、いざ理想のこんもりを手に入れようと15キロのダンベルをマシーンへ設置しようとしたその瞬間に手が滑り、全てがスローモーションになりながらダンベルが私の左足と衝撃的な感じでばちこーんと出会った。あ、と思ったのも束の間、こんもり覇者たちが私に振り向いたのち、トレーナーさんがこちらへ氷のうを持って来てくれた。大丈夫ですか落としましたか、はい落としましたははは、とりあえず冷やしましょう、はい冷やしますへへへ。自分の情けなさと不甲斐なさとおっちょこちょいさに辟易しながら半泣きで笑う私を傍目にこんもり覇者たちは己のこんもり活動に勤しんでいた。骨の一本や二本折れたやろうか、打撲とかそんな感じやろうか、まあなんとか立てる、大丈夫やろう。平静を装って、痛みをねじ伏せながら残りのカーダシアンを執念で済ませ、落ち込みながらプールでたゆたい、となりのレーンで泳ぐ人々が発生させた波にゆられて長い時間をかけてようやくプールサイドに漂着したあと、家の近くの病院に行って、最悪の結果を想像し、覚悟して診てもらったら、まさかの無傷だった。

体は鋼のごとく頑丈だけれど、キム・カーダシアンへの道は果てしない銀河のごとく遠い。とほほ。以上おしりからお伝えしました。

「自撮りしているその気持ち、わかるで」この私がまさかジムに通うだなんて大事件【坂口涼太郎エッセイ】_img0
 

文・スタイリング/坂口涼太郎
撮影/田上浩一
ヘア&メイク/齊藤琴絵
協力/ヒオカ
構成/坂口彩
 

「自撮りしているその気持ち、わかるで」この私がまさかジムに通うだなんて大事件【坂口涼太郎エッセイ】_img1
 

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