小説家・朱野帰子さんが「技術同人誌」を出す理由


さて、ここで商業作家でありながら同人誌デビューした小説家・朱野帰子さん(代表作:『わたし、定時で帰ります。』)に、なぜあえて同人誌を出すことにしたのか、同人誌の魅力は何なのか? についてインタビューをしました。朱野さん曰く、ミドルエイジこそ同人誌に挑戦する意義があるそうで……。

心が死んで急に書けなくなった——。小説家・朱野帰子さんが直面した「急な売れ」と、「技術同人誌」を出す理由_img0
5月26日のオフラインイベントでは、私ヒオカ(写真左)が朱野さん(写真右)のブースで、売り子としてお手伝いさせていただきました。


——朱野さんは商業出版で実績のある作家さんですが、なぜあえて「同人誌」を出したいと思ったんですか?

朱野帰子さん(以下、朱野):作家になる前は、小説サークルに入ったこともないし、同人誌を出したこともない。つまり「商業の世界以外の所で小説を書いたことがない」んです。だから、同人誌マーケットって、書いている人たち、そのコミュニティの人たちがすごく楽しそうで。それが羨ましかったんですよね。

ずっと商業でやってきて、メディアミックスなんかもやっていると、大きな商業システムの中に組み込まれてしまうんです。テレビ局の人や俳優さんはどう思うか? とかも気にしないといけない。ステークホルダーが多すぎて「みんなの期待に応える機械」みたいになってしまって。
 

 


「心が死んで、急に書けなくなった」過去


朱野:そんなふうに、「ドラマ化を狙う作品」を書き続ける状況で、心が一回死んでしまったんです。急に書けなくなったんですよね。だから、もう一度自分の純粋な衝動で本を出すということをしてみたかったんです。

「メディアミックスを狙ってほしい」という期待を背負うと、馬鹿っぽいことができなくなってしまう。例えば、今までにない新しいこと、失敗しそうなことに尻込みしてしまうというか。今思うと、自分自身をがんじがらめにしていたものを、「同人誌を作る」という作業を通して1回取り去ってみる。そんな「訓練」のような意味もあったように思います。
 

同人誌は「みんなの評価」を気にしなくていい


——実際やってみて、商業と同人の違いってどういうところだと思いますか。

朱野:基本的には変わりはないと思います。やっぱり企画は大事だし、同人誌市場だからといって、手抜きしたものを出してもいいわけじゃない。それに、文筆業の人なら、売れるもの、面白いものを書かなきゃ! っていう完璧主義から抜け出せるわけでもない。でも、同人誌は読んでくださった方と直接話せることで、編集さん、営業の人、書店の人はどう思うだろう? みたいに、気を使いすぎることは減りました。

商業出版のシステムは綺麗に分業化されていて、プロフェッショナルが各所において力を発揮するのは素晴らしいことではあるんだけど、作家たちと読者の間にものすごく大勢の人が介入しているんです。商業出版は、何重もの「みんなの評価」をくぐり抜けないとマーケットに出ない一方で、同人誌は「私」が作ったものを、読者に直接「どうでしょう?」と聞くことができる。間にいる人たちの評価を全く気にしないものを作れるっていうのが、商業と同人の一番の違いかもしれません。