「バーンアウト」した人たちがたくさんいた


——1冊目で、「急に売れたときの対策」をテーマにしたのはなぜでしょう。

朱野:さっきもちらっとお話ししたんですけど、私はメディアミックスでバーンアウトして書けなくなってしまった経験があるんです。最初は、「作家が健やかに書いていくためには」——みたいな、もうちょっと幅広い大きなテーマを考えていました。技術書典はYouTubeで、初めて技術書を書く人たちに対する「研修動画」みたいなコンテンツを出しているのですが、そこでは「同人誌なんだから、最小単位のものでいい」と言っていて。

例えばパソコンの使い方だったら、ソフトをインストールするところから書かなくてもいい。自分が一番伝えたいところだけが伝われば、同人誌なのだからそれでいいと。むしろ、そんなふうに「最小単位で絞られたターゲットに向けて書かれたものほど強い」っていう話をしていたんです。

心が死んで急に書けなくなった——。小説家・朱野帰子さんが直面した「急な売れ」と、「技術同人誌」を出す理由_img0
右が、朱野さんが初めて出した同人誌『急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本』

作家になりたい人はいっぱいいて、その人のための技術書もいっぱいあるけれど、「急に売れた作家がその後どうすればいいか」を教えてくれる本は、見たことがなかった。だから私が書くなら、作家全般を相手にしたものを書くより、ベストセラーになったりドラマ化したりして、「急に売れてしまった」人に向けて書きたいと思ったんです。そんな境遇の人は業界に10%いるかどうか。たった10%の人だけに届ける本を作るのは、商業ではなかなかできないことなんです。
 

 


「みんなで技術をシェア」する文化に共感


——結果的に、ターゲットにする人たち以外にも刺さったそうですね。

朱野:会社で仕事をしていると、例えば「自分だけに仕事や評価が集中する」ことがあります。傍から見たら「おめでたい」ことなんだけれど、その裏では労働量やプレッシャーも増しているという現実がある。そして、評価に晒される状況の中で、バーンアウトしてしまった経験を持つ人は実はたくさんいて。作家でなくても、そうした経験を持つ人たちに刺さったようです。

——ごく一部に対象を絞ったら、予想しなかった層に深く刺さったわけですね。いろんな同人誌即売会がありますが、その中で技術書典の特徴ってどんなところだと思いますか。

朱野:出版業界もそうですが、古い業界っていうのは、技術や情報を「自分たちだけで握っておく・外部に出さない」慣習がどうしてもあるんです。新人作家に対しては、出版社の商慣習を教えないとか。自分で情報を取りにいかないと「上に行けない」システムになってしまっている。一方で、IT業界というのは新しい産業だから、テックブログを書いてみんなで技術をシェアするとか、いいソフトはフリーで配布するとか、みんなで業界を底上げしていくエネルギーがある場所だと感じていて。雰囲気ものびのびしていますよね。