なんておそろしいドラマ……。

戦前・戦後の日本を写し鏡に、現代社会に今なお残る女性差別や女性の生きづらさを照らし出してきた『虎に翼』。当初は女性たちの共感と賛同を集めてきましたが、ここにきて主人公・寅子(伊藤沙莉)に対する意見は真っ二つに割れています。

でも、この反響こそが『虎に翼』による「私たちを生きづらくさせているのはなにか」の一つの思考実験なのでしょう。今このドラマに何が起きているのか。じっくりと考えてみます。

『虎に翼』「満点なんて取れない」と知っているのに、寅子には“母親業”を求めてしまう...このドラマは観る者の思考の偏りを炙り出す【横川良明の『虎に翼』隔週レビュー13•14週】_img0
©︎NHK


気づけば、寅子の“向こう岸”にいる側になっていた
 

第13・14週で描かれたのは、「母」という生き方でした。一躍時の人となった寅子は、家事は花江(森田望智)に丸投げ。持てる時間と労力のほぼすべてを仕事に注ぎ込み、娘・優未(竹澤咲子)の表情の曇りに気づくことさえできていない。そんな寅子の母親としての姿勢に非難めいた声がしばしば上がるようになりました。
 

 


とは言うものの、現状、佐田・猪爪家の家計を支えているのは寅子ひとり。一馬力で6人分の食い扶持を稼ぎ、学校にも通わせています。一家の大黒柱として十分すぎる頑張りです。これが男親なら、ごく普通のものとして受け取られたことでしょう。

にもかかわらず、寅子には「母親としてどうか」という視線が向けられる。もちろん寂しそうな優未の表情が意図的にインサートされるなど、演出サイドがそう感じるように仕向けているわけですが、ここにはやはり「母親なら子育てを優先するのが当たり前」「小さいうちは母親がそばにいてあげるのが一番」という無意識の偏見が刷り込まれている気がします。


「結婚すれば、弁護士の仕事も家のことも満点を求められる。絶対満点なんて取れないのに」

かつて寅子とともに女性初の弁護士の一人として法曹界に羽ばたいた久保田(小林涼子)はそう言い残し、寅子の前から去りました。このとき、多くの視聴者が「満点を求められる」苦しさについて共感したはずでした。だけど、母親として満点ではない寅子には、つい取りこぼした点数についてしかめ面をしてしまう。

『虎に翼』「満点なんて取れない」と知っているのに、寅子には“母親業”を求めてしまう...このドラマは観る者の思考の偏りを炙り出す【横川良明の『虎に翼』隔週レビュー13•14週】_img1
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84点という優未のテストの点数に対して、間違えた部分を復習するよう激励したときも、「それよりも先に褒めてあげてほしい」とモヤモヤした人は多かったはず。なのに、それと同じ心で、寅子の母親としての落ち度に目が向く。誰も満点なんて取れないことも、自分が満点を求められたら苦しいこともわかっているのに、なぜか人には満点を取るように求めてしまうのです。

「絶対満点なんて取れないのに」と久保田が言ったときは、“同じ岸”にいるつもりだった。けれど、時間が流れ、状況や立場が変われば、知らぬ間に今度は自分が“向こう岸”に立っている。その矛盾を突きつけられ、どんな人間も100%正しくなんていられないと気づかされるのが、『虎の翼』のおそろしさです。