苦労しらずで、甘っちょろく生きてきたところがあるのかもしれません


俳優の動きをもとにアニメにする「ロトスコープ」は、必ずしも俳優自身の年齢や外見が演じる役柄に近い必要はありません。演じられる役の制限がなくなることは、俳優にとっては朗報なのでは? と聞くと、市川さんはあっけらかんと答えます。

市川:逆に、もう役者はいらない時代になっちゃうんじゃないか、と思います。この作品に関しては役者の動きありきでやっていますが、技術ってどんどん進歩していくし。考えても不安になるだけだろうなと思うから、とにかく今を生きることに徹する。モデルの頃からずっとそうなんですよ、もう行き当たりばったりで。でもどうにかなってきた人間って「このくらいなら平気かな」と思っちゃう。苦労しらずで、甘っちょろく生きてきたところがあるのかもしれません。だから自分がまともに生きていない気がして、まともに生きてる人に対して憧れがあるんですよね。学級委員とかをきちんとこなせるタイプの人を見たりすると、どうして私はできないの、って思っちゃうんです。

市川実和子「ノストラダムスの大予言、信じていたのに」めちゃくちゃな世界観や不安な時代に脱力とユーモアを_img0
 

でも市川さんは、そのことを特にコンプレックスに感じている、というふうではまったくありません。まったくもってカラッと明るく、自分のことを自分で笑っちゃうような、ちょっと脱力のユーモアーーまさに「あんずちゃん」の世界と同じ趣で、市川さんは続けます。

市川:いろいろ不安な時代ではあるけれど、あんまり考えて暗くなってもしょうがないから……というか、なんでもすぐ忘れちゃうほうなんです。最近は特に。ある先輩女優の方に「はじめまして、市川実和子です」とご挨拶したら、「二度目です~」って言われたこともあります(笑)。でもそんなに「困った」っていう実感がないんですよね。いや、困っているのかもしれないけれど。子どもの頃のことが影響しているのかもしれないです。私が小学生の頃って「ノストラダムスの大予言」とか「終末思想」が流行っていたんですけれど、私、すごく信じていたんですよ。「1999年、恐怖の大王が空から降ってくる」とか言われて、「私は20代で死ぬんだ……」って。でも結局何も起こらなくて、深く考えて損した、こんなものに心を揺らしてはいけなかったんだ、別に意味ないんだと思いました。強くなったかもしれません。とにかく先のことは決められないし、決めてかからない。


とはいえ、15歳でデビュー以来、モデルとしてのキャリアは30年。こんなにも続いている理由を尋ねると、市川さん自身「ある時まで、よくわからなかった」と語ります。そして歳を重ねた今の心境は、市川さんが「あんずちゃん」の中で最も好きなキャラクター=大妖怪カエルちゃんに、ちょっと似ているような。地下で天職の穴掘りを続けるカエルちゃんは、「何してるの?」と聞かれると「何もしてないよ。寝たり、起きたり」と、力の抜けたマイペースさで答えます。

市川:ある時、インタビューで「モデルをやっている時って何を考えていますか?」と聞かれて「全然考えてないですね」と答えたら、「じゃ、天職ですね」って言われたんですよね。それまではぜんぜんそんなこと思ったこともなかったんですけれど、そこでパズルのピースが合ったというか。そっか、モデルは私が何も考えずに自然にできることだったんだ、天職だったんだ、と。でも「モデルの仕事の楽しさは? やりがいは?」と聞かれると、実はよくわかっていないんです。不思議ですよね。でもそういうのもなくてもいいんじゃないかなって。若い頃って、何かを成し遂げる人が偉い、みたいに考えるじゃないですか。もちろんそれは素晴らしいことだと思います。でも「生きる意味」とかなくていいんじゃないか、何もできない自分でもいいんじゃないかってことを、歳を重ねて受け入れられるようになったんだと思います。
 

 


<INFORMATION>
映画『化け猫あんずちゃん』
7月19日全国劇場で公開

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雷の鳴る豪雨の中。お寺の和尚さんは段ボールの中で鳴いている子猫をみつける。その子猫は「あんず」と名付けられ、それは大切に育てられた。時は流れ、おかしなことにあんずちゃんはいつしか人間の言葉を話し、人間のように暮らす「化け猫」になっていた。移動手段は原付。お仕事は按摩のアルバイト。現在37歳。

そんなあんずちゃんの元へ、親子ゲンカの末ずっと行方知れずだった和尚さんの息子・哲也が11歳の娘「かりん」を連れて帰ってくる。しかしまた和尚さんとケンカし、彼女を置いて去ってしまう。大人の前ではいつもとっても“いい子”のかりんだが、お世話を頼まれたあんずちゃんは、猫かぶりだと知り、次第にめんどくさくなっていく。かりんは哲也が別れ際に言った「母さんの命日に戻ってくるから」という言葉を信じて待ち続けるも、一向に帰ってこない。母親のお墓に手を合わせたいというささやかな望みさえ叶わないかりんは、あんずにお願いをする。

「母さんに会わせて」
たった一つの願いから、地獄をも巻き込んだ土俵際の逃走劇が始まるんだニャ。

監督:久野遥子・山下敦弘 
原作:いましろたかし『化け猫あんずちゃん』(講談社KCデラックス刊)
森山未來 五藤希愛
青木崇高 市川実和子 鈴木慶一 水澤紳吾 吉岡睦雄
澤部 渡 宇野祥平 大谷育江
制作プロダクション:シンエイ動画✕Miyu Productions
配給:TOHO NEXT ©いましろたかし・講談社/化け猫あんずちゃん製作委員会


撮影/水野昭子
スタイリスト/梅山弘子(KiKi inc.)
ヘア&メイク/茅根裕己
取材・文/渥美志保
構成/坂口彩
 
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