奇妙な法則
「私はね、6人兄弟なんですよ。末の子だから末子。もうこれ以上子どもが増えないようにって両親の願掛けがきいたのか、私が最後の子だったのよ」
診察台の背もたれを上げると、浅田さんは話し始めた。予約はいつもどおり、この後しばらく入っていない。来年までもてばいいという表現が気になって、話にききいった。
「うちは田舎のいわゆる名家でね、代々医者の家系。長男はもちろん町に構えた大きな診療所を継いだし、下の兄たちもみんな医者になった。私や姉は伝手で医者の嫁になるように縁談が進められるの。
田舎だからねえ、父の言うことは絶対。厳しい父でしたよ。でも医者としてとても立派でね、町のひとがお金がないと、怖い顔して『今年米が豊作だったらそれで払いなさい』ってどんどん治しちゃうの。諒太先生みたいでしょう?
そんな父だからね、私も尊敬していたし、父も私には兄たちのように厳しく接することはなかったわね。当時の田舎では珍しく、姉も私も大学までちゃんと入れてもらってね。
学費が大変で家にお金はなかったけれど、蔵には町のひとから診察代の代わりにいただいたお米やお野菜がたくさんあって、本当にありがたいことでしたよ。兄たちはよく勉強していたけれど、私は本ばかり読んでいてのんきだったわね。なんせあの家に生まれたらとにかく男は医者、って決まっていたから」
僕と薫さんは、話がどこに着地するのかまったく見えないまま、うんうん、とうなずいた。
「だけどね、うちの家族には『悲しい運命』が待っているの。
男はね、みな58で死ぬ。父も、3人の兄も、みんな58。死因はさまざまよ、心臓発作だったり、がんだったり、事故だったり。でも、みんな58。明治のご一新の頃に何か因縁があったらしんだけど、父は詳しくは教えてくれなかったわ」
薫さんは、すっかり怯えた表情で、ええ! と小さく息をのんだ。
58。微妙な年齢だ。たしかに58歳は若い。そろって亡くなるには若すぎる。ただ、浅田さんが70歳であることを考えると、御父上や年上のお兄さん方が亡くなった頃、医療も今ほどではなかっただろうし、ちょうど忙しく働いていた男性に大きな病気が増える年代ではある。
「そんな偶然があるんでしょうか? でも、それは男性のみなさんだけ……なんですね? 浅田さんはこうして元気なわけですから、その言い伝えとは関係ないですよね?」
薫さんが祈るように尋ねた。浅田さんはうなずく。
「そう、女はね、71なの。どうしてそんなことになってるのか、今ではだーれにもわからない。でも、母も姉もみんな71で空に帰ったのよ。だから私も71だなって思って生きてきたし、準備も万端。主人もご存じの通り早くに亡くなってしまったし、子どももいないし、最近では物忘れもひどいでしょう?
だからちょうどいいなと思ってるのよ。そういう事情だからね、大げさな治療は不要だし、入れ歯は作り直さなくて大丈夫ですよ、先生」
僕は手元のカルテを見た。『浅田末子 1953年12月24日生まれ』
あと2週間で、71歳の誕生日だ。
僕は、なんとも言えない表情を浮かべる薫さんと、無言で顔を見合わせた。
次回予告
【連載最終回】奇妙な符合をどうとらえるべきか…… クリスマスの小さな奇跡。
イラスト/Semo
編集/山本理沙
前回記事「「お母さん、歯医者さんに来た?」家出した母娘が離ればなれに。娘が最後の望みをかけて電話番号を託したのは…」>>
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