完全無欠のママ友しかいない世界線


「美樹さん、こっち! 待ってたよ」

5分ほど遅れてお店に入ると、先に入っていた2人が手招きしてくれた。絵美香さんは新春らしい華やかなワンピースを、貴子さんはシックな紺のワンピースを着ている。

2人とも、幼稚園児の母とは思えないエレガントな佇まいだった。私たちは娘を同じ幼稚園に入れたことで知り合い、2年近くかけて良好なママ友関係を築いてきた。家が同じ田園調布の一角なので、子どもたちを預かり合うこともある。

ママ友というのはもっと面倒くさいものだと思っていた。しかし実際は、信じられないほど手がかかる子育ての仲間として、心強くありがたい存在であることは間違いなかった。

「ごめんね、お待たせしました!」

私は急いでテーブルにつく。白いブラウスにベージュのスカートという無難な服装が、堅苦しくつまらなかったような気がして、それをごまかすように大袈裟に手を合わせた。アクセサリーを忘れてしまったことを悔やむ。

「いいのよ、今きたところ。シャンパンでいい? 先にメニュー決めちゃおっか。あ、フレッシュ白トリュフがある、私これにしようっと」

プリフィクスコースの予定だったが、絵美香さんが選んだ白トリュフをメインにすると、一気に1万円を超える。貴子さんはメニューを一瞥すると、フグのフリットを選んだようだ。こちらはプラス料金不要、充分に美味しそう。2人とも何かを選ぶとき迷うということをほとんどしない。自分にとっての最適解を知っているようだった。

……わかっている。こんな風に、すぐに彼女たちと比較したり、様子を伺ったりしてしまうから、モヤモヤするはめになるのだ。そう分かっていても、この2人は母として女性として申し分なく、一緒にいると自尊心が少なからず疼いてしまう。

 

「あっという間に年中さんもお終いね。来年はとうとう6歳か。長かったような短かったような不思議な感じ」

貴子さんが前菜のテリーヌを几帳面に小さく切ってから少しずつ口に運ぶ。こめかみに1本だけ銀髪が光っていて、真っ黒なロングヘアをキッチリと束ねているせいでやけに目立っている。顔立ちは美しいが、どことなく地味。そんなふうに当初ほんの少しだけ侮っていた彼女は、なんと東大卒で、超一流企業勤務。育児休暇から続けて第二子を妊娠中、このまま産休に入るという頭脳派だった。

「2人とも小学校受験はしないんだよね? いいな、本当に面倒、お義母さんが気合い入りすぎてて、既にヒートアップしてるのよね」

絵美香がこぼれ落ちそうに大きな目を伏せると、白い頬にゾッとするほど長く綺麗な影が落ちる。これほど美しい素人の女を、私は見たことがなかった。

彼女の夫はかなり有名な精密機器メーカーの2代目で、田園調布の中でも一際大きな御屋敷に住んでいる。左手には2カラットほどだろうか、ダイヤが光っていた。週に1度来るという外商から買ったのだろう。恵まれた結婚のお手本のようなケースだった。

それと比べると私は、義両親が他界していてお受験を強要されることもない代わりに、大した後ろ盾もない。財産らしい財産は土地だけで、雅也さんは大手とはいえサラリーマン。絵美香の世帯年収とは比べ物にならないのだ。

そう、私は気づいてしまった。同じ幼稚園に子どもを通わせ、近所に住んでいて、ときに家族である夫よりも一緒に過ごす時間が長かったとしても。私たち3人の人生には、共通点の方が少ないということに。

「このテリーヌ、美味しいね! 写真に撮るの、忘れちゃった」

せっかく3人で一緒にいるのに、こんなふうに考えてしまう自分が嫌だ。私は無理矢理にはしゃごうとする。大人になってまで、苦い劣等感を抱くとは思っていなかった。

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