母親と環境が生んだモンスター


夫と妻は対等ではないのでしょうか?

もちろんそんなはずはありません。しかし修さんは心底、「対等ではない」と信じ込んでいました。そして都合の悪いことを指摘され逆上したのでしょうか、由真さんに対するモラハラが始まりました。

一体、何が彼をそんな風にしてしまったのでしょうか。おそらく、過保護気味で、息子にことあるごとに「あなたは人とは違う」と間違った選民意識を植え付けた母親が原因のひとつでしょう。修さんの父親は、修さんが医大生の頃に脳梗塞になり、手足が不自由となったために医師を引退しました。それ以来塞ぎがちになり、家庭にはあまり興味を示さなくなってしまったそうです。父親の存在が薄くなった家庭のなかで、母と息子は自意識を肥大させていったのだと思われます。

 

また、修さんは猛勉強して医師になり、研修医時代は多忙だったものの、30代は勉強漬けだった青春を取り返すように趣味や消費に走っていたことがのちにわかりました。抑圧された時代を経て、一気にチヤホヤされた修さん。過去にお付き合いした方はモデルや有名インフルエンサーなど、派手な方が多かったとのことで、女性をどちらかというとパートナーというよりは、戦利品のように考えていたふしもあります。


そんな彼が、40歳手前で急に17歳も年下の、しかもまだ経験が浅く、人一倍純真な性格だった由真さんを選んだのは、計算があったことは想像に難くありません。

果たして、彼が妻に求めた3つの条件の最後はどのようなものだったのでしょうか?

「結局口では浮気相手を精算したと言いましたが、別荘には時々行ってしまうので、信じていいものかはわかりません。そんななか、自宅とリハビリセンターを行ったり来たりしていた義父が再び脳梗塞で倒れてしまいました。夜中に、廊下の下で大きな物音がしたのが気になり、二世帯住宅でしたが階下の義両親の家に外からピンポンして……すぐに救急車を呼んだのですが、コロナが流行っていたこともあり、搬送に時間がかかってしまって。義父は寝たきりになってしまいました。

そのとき、夫と義母は、こともなげに言い放ちました。『診療時間が終わったら、5人分の夕食を作って欲しい。夕方から朝までの介護は、若くて体力のある由真さんに全て任せる』と」

 


夫が妻に求めた条件 その③ 父が倒れたとき、主たる介護要員となること


きけば、昼間はヘルパーさんが来るので、義母の負担は軽いとのこと。しかし夕方以降はプロの手を借りられないため、育児中の由真さんが1人で担うのは公平とは言えません。

しかし由真さんは、邪魔にされる義父が可哀想に思え、2年間介護をほとんど1人で担ったそう。

「人のお世話が好きだったし、失意に沈んでいたお義父さんが、あれこれ話しかけるうちに少しずつ笑顔になって、それが何よりの原動力でした」

……修さんは夫としてはいいところはありませんが、由真さんのそんな素質を見抜いたのだとしたら、ある意味で人を見る目があると感じるほどです。どんな状況でも自分ができることを前向きに、どこか飄々と取り組む由真さん。頭が下がります。

由真さんに最期まで介護され、義父は天国へ旅立ちました。

「そこで、ストンと憑き物が落ちたような気がしました。私がこの家で押し付けられたものは、私でなくてもいいものばかりだった。人の役に立つのは大好きだけど、都合よく搾取されるだけの人生は、自分に失礼だと。目を覚まさなくてはと思いました」

その言葉は、明るく素直な由真さんから出たからこそ、胸に迫る迫力がありました。

由真さんには、個人的な貯金は100万円ほどしかありません。しかし、子供がせめて小学校に上がるまえには、「目指す生活」に移行していたい。

夫のモラハラはその頃にはさらにエスカレートし、手を上げられたり、『制裁だ』などと言ってクリニックの倉庫に閉じ込められるなどの事件が発生していました。その影響で、次第に感情の起伏が減ってしまったことを自覚した由真さん。泣いている息子さんを前にしても、心にモヤがかかって反応が遅れてしまうこともありました。

これまで結婚反対を押し切った手前、由真さんは実母に実態を伝えていなかったといいます。思い切って相談したものの、『耐えて自分でうまく息抜きをするのが母親よ』と諭され、頼る気持ちがなくなってしまいました。

でもこのままでは取返しがつかないことになるかもしれない……由真さんは自分で未来を変えていこうと決意します。