「他でもやっていけないぞ」の罠にハマるべからず


よく、「ここでやっていけないなら他でもやっていけないぞ」「こんなことも我慢できないなら社会で通用しない」、とか言って来る人っているじゃないですか! あれ、嘘だなって思うんです。筆者の場合はですが、環境が変われば普通に学校に通えるようになりました。高校、大学といじめてくる人なんていなかったので、一度も通えなくなることはなかったです。

学校より社会のほうが厳しいぞ! なんて先生によく言われたものですが、社会人になり働くようになって、中学が一番キツイ環境だったなと思います。社会より学校のほうがよほど理不尽だし、先生の独裁だし、転校も簡単にはできない。あれ以上に厳しい環境なんてある? そこでやってけなくても、全然社会人やれるぞ! と思うのです。

また、大人になってからも短期離職を経験しましたが、パワハラのない他の会社では普通に勤めることができました。やっぱり大事なのって、環境が合うかどうかなんですよね。その人に問題があるというより、環境に問題があったということが多いのではないでしょうか。

例えば、毎日怒鳴るような人がいるところで働くのが耐えられないのって、当たり前だと思うんです。どれだけ強い人でも、言葉のナイフを振りかざしてぶっ刺してこられたら傷つきます。そんな環境で耐える強さって、必要なのかな? と思うのです。

 

自分のSOSを聞いて、ダメージを最小限にする

 

最近、親友が二度目の転職をしました。27歳にして3社目です。ひと昔前だと珍しかったかも知れませんが、今は数年単位で転職するという人は増えたと思います。一つの環境でずっとやり続けることが正しいとされてきましたが、今はどんどん環境を変えて、自分に合う場所を求めていくことも必要なのです。

その親友はなかなか同僚に恵まれず、話せる人が全くいないような中でも頑張ってきたそうです。何社も書類落ちしながらも、諦めずに転職活動を続け、面接も嫌というほどたくさん受けて、やっと内定をもらいました。そんな親友をみて、本当に「強い」と思いました。

社会人になって思うのは、「環境を変えるのにもすごく力が必要」ということです。嫌な環境から逃げるのだって勇気がいるということです。逃げるというと聞こえはよくないかも知れませんが、本当に心が壊れてしまう前に、環境を変えようとした結果、逃げるという行動になったのかもしれません。心や身体のSOSをちゃんと聞いて、行動に移したのです。どんな決断だって勇気やエネルギーが必要です。ダメージを最小限にするために逃げるという選択肢をすることは、弱いからではなく、強さがあるからだと思うのです。