下剋上に成功した女


「すっご! 2億5000万相当!? やったね。でもそういう時ってさ、たしか数年は売らずに住む、とか条件があるんじゃない?」

「そうみたいね。でもそんなの全然かまわない。しばらく住んで新築を楽しむの! それで価格が高いうちに売ればいいしね。あー、嬉しい……もう時給1200円のパート、バカバカしくて辞めちゃった」

あの歓喜の説明会から5年。いよいよ新居への引っ越しが来月に迫った。敷地をうまくつかって、建設が始まってからもギリギリまで古いマンションに住んだが、それでも仮住まいは1年に及んだ。小さかった娘の莉乃も小6になった。

この5年間、どうせ全て捨てると割り切り、翔平が独身時代に買ったダサい家具や窮屈な寝具のまま我慢した。「人生の棚ぼた大リニューアル」がこの先あると思うと、急に自堕落になるから不思議だ。

そしてセレブマンションデビューにふさわしい服を買いそろえ、美容クリニックに通ってちょっとずつ「お直し」をしてきた。

「都内でも指折りの新築ブランドマンションになるのよ。ご近所づきあいもがらっと変わりそう。引っ越したら最新のお洋服も揃えなきゃ」

私は悪友・明奈の前で、つい油断して饒舌になる。36歳になって急にセレブの仲間入りするなんて、本当に人生はわからない。

翔平とは若い時に授かり婚をして、始めは幸せだった。

でも世間知らずの頃はうっとりしていた、彼の大卒正社員という肩書も、今となってはどうということもないとわかった。私は可愛い顔を活かして、もっと吟味して婚活するべきだったと思うのに時間はかからなかった。

「美樹ほど運のいい女、いないよね。高校出てふらふらしてたら堅い旦那さん見つけてさ。こんどは一躍セレブマンション住まいだって」

明菜が面白くなさそうにテラス席でたばこをくゆらす。若い頃はちょっと悪いことも一緒にした仲だ、遠慮はない。でも今の私には、そんな嫉妬さえ心地いいスパイスだった。

 

2億5000万円のマンション。ラウンジやプールにジムを備え、エントランスのCG図面はもはや女王の住処。一般庶民がいくら働いても住めない場所。

 

「うふふ、私、うまくやるわよ。もう時給でちまちま働くなんてまっぴら! 自由にマンションを処分できるようになったら、お店をやりたいのよ。大好きなワインと凝ったおつまみを出す隠れ家みたいな小さーなお店。客あしらいも得意だし、若いバーテンを雇って、若いママになるのよ」

私はまだ誰にも言ったことがない野望を口にする。もっともいくら親友の前でも、経済的基盤が整ったらこっそり「いろんなこと」にも目を向けようと思っていることは言えなかったけれど。
 

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夏の夜、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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