ーー逆に、平兵衛が蒸発した理由は本人の口からしっかりと語られます。そこにこの映画最大のギミックが詰まっているので、このインタビューでは触れません。ただ、その“理由”について加藤さんがどう思うのかが気になります。

結婚というのは、いい言葉なのかどうかはわからないけれど、因果応報、自分が選んだものでしょというところがあって。その先で起きるであろうことに立ち向かう覚悟と責任を持ってするものなのかなと思います。だから、勝手に消えたこの父親には共感はできませんよね。理由はどうあれ独りよがりですし、残された家族からしたらとんでもない話ですから。観客が、妻(羽野晶紀)の立場で見たら最悪のヤツに見えるだろうし。

かたや、人生に息苦しさを感じている男性は「あんな風に生きていけたらいいよな」と憧れを抱くこともあるかもしれませんね。

 

ーー宮藤官九郎さんによる脚本ということもあり、残された家族のその後の日常がユーモラスに描かれています。実際には、円満な家庭から父親が蒸発したら悲劇ですよね……。

そうですよ。残された家族は、母親の給料だけで生活していくんですから。蒸発だと、生命保険も下りないですからね。

ーー娯楽作品じゃないからといって、メッセージ主義、テーマ主義になっちゃうと面白くないですし、堅苦しいですしね。

ーーあ! たしかに!

自分のラジオ(『加藤雅也の BANG BANG BANG!』)でも話したんですけど、『衝動殺人 息子よ』(1979年/木下恵介監督)という、若山富三郎さんが主演をやられた映画をやっと観れたんです。それは通り魔事件で息子を失った父親の話なんですよ。若山さんが演じる無力の父親が、同じように通り魔殺人の遺族に会いに行くと、みんな保障がないんです。交通事故だと保険が出て、仕事場で死んだら労災が出る。だけど通り魔は「運が悪かった」で片付けられる。それはおかしいだろうということで、若山さん(の役)が被害者遺族を保護する法律を作ってくれと国に訴える、実録映画でした。

その観点でこの映画を見ると、残された家族にはおそらく何の手当も出ていない。死んだら初めて死亡保険が出る。ということは、金銭的に家族に苦労させている、とんでもない親父なんです。

ーーでも、平兵衛さんは、ちょっと可愛く見えてしまいました。

平兵衛は何の罪の意識もないですし、他の人に迷惑をかけていると思っていない。僕はそういう人として演じてはいます。あと、彼がハジメに再会して話す内容には、ある矛盾があるんです。その矛盾が、彼の変化や成長を意味していることが、この脚本の素晴らしいところなんですよ。「言ってることに矛盾がある」と言う評論家がいたら、それはその人の考え方であって、映画の見方はそうとは限らないと僕は思います。