「レカネマブ」、副作用はあるの? 期待と課題


山田:「レカネマブ」はアミロイドβを取り除く薬なので、ゴミであるアミロイドβを取り除く際に、アミロイドβが沈着した場所を攻撃をすることになります。その際に炎症が起きることもあるのですが、その炎症が原因で脳にむくみが起こる「脳浮腫」が12.5%ほど報告されています。

また、仮にアミロイドβが血管に溜まっていた場合、薬の投与により血管を攻撃してしまうので、血管が破れ「脳出血」を起こす可能性がある、ということが知られています。試験では、全体の17%に見られました。ほぼ、5人に1人の確率ですね。ただ、9割は軽症から中等症でした。

どのような人で脳出血などの副作用が多いかをみてみると、ApoE ε4と呼ばれる遺伝子変異を持つ人(アルツハイマー病との強い関連性が知られている)で多いこと、血をサラサラにする薬を飲んでいる人でそのリスクが高い可能性が指摘されています。

また、試験で観察された18ヵ月よりも長期の投与が必要となると思いますが、長期投与の安全性についてはまだ何も分かっていません。

編集:副作用もあり、まだ未知な部分も多い薬なのですね。

山田:さらにいえば、一般に抗体薬は薬価が高額となり、年間300万円以上がかかると予想されています。高額な検査も必要となりますし、臨床試験で示された効果が限定的であることをふまえると、費用対効果が見合わない可能性もありますよね。保険料を支払う国民のコンセンサスを得られるものなのかという議論も必要です。

編集:長期投与の安全性がわからず、効果も限定的な薬が承認されることは、一般的なのでしょうか?

山田:そうですね。がん治療薬などでは、比較的起こりえます。長期の成績がわかっていない場合でも、本来であればもう治療法がなく「あと数ヵ月しか生きられません」と余命宣告を受けている患者さんがいたとして、そこにあと少しでも延命できるかもしれない薬があるならば、とりあえず承認し、投与しようという選択になりますよね。

戦う敵が大きなものであればあるほど、ある程度リスクを取っても新しい薬を使用していこう、というスタンスは基本にあると思います。

ただ、今回の「レカネマブ」に関しては、示された有効性も非常に小さく、もしかすると他の飲み薬で同じような効果が実現できてしまうかもしれない、という状況です。そこでこれだけの大金を使うことに関しては、やはり議論が必要ですよね。

ただ、アルツハイマー病の治療という世界においては、小さいけれども無視できない効果が見られたということ自体、非常に大きな進歩です。またこれが、より安価で多くの人に使用できる認知症予防ワクチンなどの未来に繋がる第一歩かもしれないのです。こうしたことは承認という判断を十分正当化しうるものであるとも思います。

編集:たくさんの議論が必要な薬なのだな、ということがわかりました……。

山田:「この薬はいい」「この薬は悪い」と白黒はっきりした方が、気持ちがよいですよね。

ただ、「レカネマブ」の承認については、全体像をとらえようとすればするほど、すごくもやもやとしますし、現時点ではまだはっきりとした答えの出せない問題だということがわかります。
何事にも言えることかもしれませんが、自分の納得しやすい側面だけを見て白黒つけようとせず「グレーをグレーのまま受け入れる」という姿勢も大切なのではないでしょうか。

編集:「自律神経失調症」の回でも解説いただきましたが、なんでもかんでも原因がはっきりしていたり、善悪が綺麗に判別できたりする、ということはないですよね。はっきりさせたい気持ちが出てきてしまうこともありますが、「不確かさ」を受け入れる姿勢を意識し続けたいと思います。本日もありがとうございました!

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構成/新里百合子

 


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