幽霊の主張


「良かった……! 私、幽霊になってそんなに経っていなくて、私のこと見える人に会えたの初めてなんです。嬉しい! こういうのって波長? 霊感? みたいなのが関係しているんですか?」

僕にしか見えない彼女は、コンシェルジュカウンターの向こうから身を乗り出さんばかりにして、目を輝かせた。

「あー……まあ、左様でございますね。ちょっとした条件が重ならないと、会話をするのは難しいかもしれませんね」

30代前半くらいだろうか。愛嬌のあるくるくる動く目が、幽霊らしからぬ雰囲気。……悪い霊ではなさそうだけど、失策だった。

ホテルマンとして20年。ホテルというのは、人の想いが交錯する場所だから、幽霊も結構そこここにいるらしい。お客様のなかには視える人がいて、時折フロントには「部屋に何かいるから変えて!」という内線電話がかかってくることもあった。

若い頃は、部屋をアップグレードさせたいがための方便だと思っていたけれど、5年前、僕は知った。

この世には、人ならぬものが存在しているのだ。とても、ナチュラルに。

 

「ええと、佐倉さん、っておっしゃるんですね。あの、私、秋野沙織と申します。さっそくなんですが、さっきのカップルの男性のほうに、伝えてほしいことがあって。ずっと張り付いてるんですけど、彼、私に気が付かないから困ってて。

話が通じないなら、呪いの力で転ばせたり、階段から突き落としたりしたいんですけれど、それもできないんです。ここはコンシェルジュの佐倉さんのお力をお借りしていこうと」

「……秋野様。何かご事情があるとはお察しいたしますが……私もホテルの人間でして、そのようなことはできかねます」

僕はできるだけ慇懃に、頭を下げた。これだから幽霊と関わるとろくなことがない。幽霊というのは大抵、自分の望みに囚われていて、融通がきかない。

「そんな、やっと会えた私と意志疎通できる人なのに! じゃあ、私の気持ちを代筆してください! それをあの二人の部屋のドアにそっと滑り込ませてくれたらOK!」

「はあ、あのう、ちなみにどのような内容でしょう……?」

「『あんたに二股かけられて、フラれた挙句に事故に遭って、散々! 一生とりついてやる!』」

「……却下です」

なぜあの時、話しかけられて返事をしてしまったのだろう。僕はがっくりと肩を落とした。

リベンジ幽霊


「あのう、秋野様。あのお2人はとっくにドライブに出かけられましたが……なぜにこちらに? 失礼ながら、秋野様は林様に憑いていらっしゃるんですよね? わたくしのところにいても、なにも面白いことはないと思いますが」

翌日。コンシェルジュカウンターに行くと、すでに幽霊の秋野さんはそこにいて、僕が定位置につくと「うらめしや」のポーズを取ってきた。

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秋の夜長、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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