黒い考え


高校3年生から受けられるこのオーディションには、当然若い子もいて、彼女たちは有名なスクールのロゴが入ったスウェットを控室用に着用していた。どうやら同級生で最終に進んでいるようだ。こういう歌もバレエもダンスも試験がある劇団は、小さい頃から芸事を身につけているお金持ちの家の子が多い。

きっと333番の子みたいな異分子の匂いを、敏感にかぎ分け、警戒しているんだろう。その姑息な嗅覚がいかにも脇役で、私は自嘲した。私もこちら側だ。

「あーあ、こんなところに荷物全部出しっぱなしで。だらしないなあ」

2人組のひとりが、わざとらしくそんなことをつぶやくと、333番さんのペットボトルの横にあった着替えが入ったリュックを、控室の壁際にぐるりと並んだロッカーのひとつにぽいっと放り込んだ。

それからダイヤル式の鍵をあてずっぽうにぐるぐるっと回して、クスクス笑うと、「さーてメイクいこ!」と控室を出ていく。

「あ、ちょっと……!」

控室は更衣室も兼ねているから、防犯カメラの類はついていない。きっとそれがわかっているから、悪さをしたんだ。私がいることに気づかずに、油断したんだろう。

入れ替わりに、333の子が控室に戻ってきた。

「あれ? ない、あれ!?」

333の子が、当惑してベンチの下などを探している。

ここは教えてあげるべきだろう。

そう思っているのに、うまく声が出せないまま、なぜか体はストレッチを続けている。

――レオタードもなにもなかったら、もしかして試験に間に合わなくてグループが変わったり、するんじゃない?

悪魔のささやきが、どこから聞こえてきた。

 

彼女が劇団のひとに「バッグがなくなった」と事情を話せば、試験を受けられないということはないだろう。彼女は後回しにされても結局合格するはず。私は違うグループになれるならそれで充分。

ただ、知らないふりをして、黙っているだけでいい。

暗い気持ちが、墨汁を落としたように広がっていく。

「あの、すみません……ここにあった黒いリュック、トイレに行っているあいだになくなっちゃって……お掃除の方来ましたか?」