子どもの頃、習いごとを「させられていた」という記憶がある人は結構多いのではないでしょうか。この数年で「毒親」という言葉が広く知られるようになり、「自分の親もそうだった」と思い返す人が増えているようです。毒親の基本パターンとして、勉強や習いごとを強制的にやらせて、親自身の期待や欲求を背負わせるというものがあります。そんな毒になる親から逃れるにはどうしたらいい? その問いに対し、究極の方法を提示してしまったサスペンス『最果てのセレナード』の2巻が12月21日に発売されます。

週刊誌記者の小田嶋律は、中学の同級生・白石小夜が、国際ピアノコンクールで入賞したというネットニュースを見て、中学時代のことを思い出していました。

 

地方でピアノ教室の実家で暮らしていた女子中学生時代の律は、東京から転校してきた小夜と出逢います。小夜は母親からピアニストになることを望まれていて、学校生活はピアノ優先でした。そんな彼女は、律のある言葉に赤面して、コンクールの地区予選で「小田嶋さんのために弾くね」と言います。

 

当日、小夜の弾くピアノを聴いて、律は心を掴まれてしまいます。

 

この時の小夜の弾くピアノは「彼女自身」がむき出しになるようなものでした。けれど、普段の小夜は母親の言うことに従う静かな少女で、弾くピアノの音も「正確できれいな」優等生的なものだったのです。

小夜の母親は、小夜をガラス細工のように扱い、律の親が経営するピアノ教室を小馬鹿にして、律をこう牽制します。

 

無表情になっている小夜を見て、律は彼女がこの母親に縛られていることに気づき、自分だけは彼女の味方でいよう、と思うようになります。

それからもコンクールを優先させられ、学校の文化祭にも参加できなくなった小夜に「弾きたいピアノだけ弾いてほしい」と強く想うようになる律。それは、友情にも恋にも見える感情でした。

そして、二人きりの時、律は小夜の秘めた本心を聞かされます。彼女が将来、本当になりたいものはなんなのか。そして、母親のことをどう思っているのか――。

時間は現在に戻り、小夜のニュースとともに、北海道で白骨死体の一部が見つかったという別のニュースが報じられ、律はそれに反応しています。

ここで私たちは「きっと二人は小夜の母親を殺してしまったのだ」とわかるのです⋯⋯。

ピアノを「させてもらえなかった」小夜の母親の情念


小夜の「自分らしいピアノ」の弾き方を完全否定し、「きれいで上手なピアノ」を弾かせようとする母親。彼女は小夜に「自由にしなさい」と言う一方で、後から行動を制限させるように立ち回り、結局、小夜には自分の好きに「させてもらえる」自由なんてないのでした。うまく小夜の自主性を削いでゆくそのやり口はとても巧妙。

小夜の母親は、かつて自分の親にピアノを「させてもらえなかった」ようです。自分ができなかったから、子の小夜に自分の思いを託しているようです。

 

小夜はそんな母親に同情し、その思いに応えたいと生きてきたのでしょう⋯⋯。

律と小夜は、個性を好きになった者同士


なりたいものがあったのに、母親の願いを背負ってその夢をあきらめないといけない小夜を助けてあげたいと思う律の表情を見ると、まるで小夜に片思いする恋する乙女。異性愛者であっても、思春期の頃に同性への恋心を抱いた人は密かにいるのではないでしょうか。それは「異性を好きになるのが普通」という異性愛規範が混じらない、純粋な感情なのかもしれません。

タイトルの「セレナード」とは、夕べに恋人への想いを弾く曲で、日本語だと「小夜曲」とも呼ばれます。律は「小夜の音」に惹かれ、小夜は律の「あなたのピアノを聴きたい」という言葉に惹かれた。二人は互いの個性に恋をした、といえるのではないでしょうか。

さて大人になり国際コンクールで「自分の音」を認められ、一歩踏み出した小夜の前にたちはだかる「母親殺しの疑惑」。彼女はどうなってしまうのでしょうか。律は小夜を守り切れるのでしょうか。

 

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<作品紹介>
『最果てのセレナード』
ひの 宙子 (著)

地方のピアノ教室の実家に暮らす中学生・小田嶋律と、東京からの転校生・白石小夜。
幼いころからピアノの英才教育を受けてきた小夜は、律の実家のピアノ教室に通うことになり、二人の仲は深まっていく。
しかし、ある日の音楽室、小夜が口にした一言の願いが、律を激情の螺旋へと引きずり込む――。

作者プロフィール:
ひの 宙子
2019年、オムニバス短編集『グッド・バイ・プロミネンス』(祥伝社)を発売。
劇団雌猫・ひらりさ氏の推薦などによりその才能に注目が集まる。
2022年11月、「月刊アフタヌーン」(講談社)で『最果てのセレナード』を連載開始。自身初の長編連載となる。
X(旧Twitter)アカウント:@hn_hrk

 


構成/大槻由実子
編集/坂口彩