「子どもには自分と同じ苦労をさせたくない」


商業高校の情報処理科に進んだのは、当時付き合っていた彼氏と同じ高校に行きたい、ただそれだけだった。けれど、それが私の人生の大きな転換点になった。

――プログラミングってなんか凄くない!?

それまで勉強は大の苦手、学校ではいいところナシだったけれど、高校で習う情報のクラスは何でもかんでも面白かった。コードを書くのが楽しくて、同級生の宿題もこなすほど。

高校を出て、小さな会社ながらIT部門に運よく就職、そこから地道に技術をつけてきた。42歳になる今日まで、24年間働き続けている。時代も味方して、エンジニアが不足していたから今では会社でも重宝してもらっていた。古い体質の会社だったから、大卒の男性がどんどん出世していくのを横目で見つつ、現場では頼られている。

ささやかながら手に職があったことで、幼い流花を抱えて夫の浮気が発覚、4年で結婚生活が終わっても、そうじたばたすることはなかった。

しかし嬉しい誤算は、流花がとってもできた娘だったこと。

私のどこからこんな子が? と思うほど、流花は出来のいい子で、見たことも聞いたこともないオール「よくできる」の通知表を持って帰ってきた。成績がよくて快活。学生時代の私ならばまぶしくて友達にはならなかったタイプ。

「も~ママ、そんなのちゃっちゃとやって寝ようよ。頑張りすぎだよ」

と、食卓で持ち帰り残業をしていると肩をもんでくれる流花。私の宝物。

 

塾にも行っていないのに、学校で行われた学力調査でとてもいい結果を出して、担任の先生に「神田さんは中学受験のご予定はないんですか?」と尋ねられた。

無料模試の結果が良くて、半分特待生になり、通い始めた中学受験塾。めきめきと頭角をあらわして、私立中学という選択肢がリアルになった。

 

シングルマザーで私立中学に通うなんて分不相応。

そう思い込んでいたけれど、諦められずに私は必死に情報を集めた。郊外の商業高卒の私にとって、中学受験、都心の私立学校というのはあまりにも敷居が高く感じられる。

でも調べてみると、ひとり親だからといって入試で不利益はないし、純粋に点数勝負。心配していた学費も、残業代を入れれば600万円の収入がある今の私ならばなんとかなりそうな気がした。

――もしかして、苦労をかけてきた流花の人生を強力サポートしてあげられるチャンスかも……?

パンフレットには、震えるような素晴らしい学校生活の写真が並ぶ。最先端のITC教育、海外研修、プロコーチがついた部活、育ちのよさそうな可愛らしい生徒の笑顔。

頑張れば。

私が頑張れば、流花の可能性をずっと広げてあげられるかも?

その時私は、それまで母として劣等生だった自分が、娘のために素晴らしい道筋を見つけてあげられた興奮でいっぱいだった。