今まで自分が生きてきたことを肯定してもいい。

甘糟さんが40〜50代を振り返ってみると、今まで自分が生きてきたことを肯定する時期だと感じています。

「体力は落ちるし、似合う服や髪型も少なくなっていくし、中年って大変ですよね。若い頃の自分と比べて、アドバンテージを取れるのって、やっぱり経験じゃないでしょうか。経験を、自分の財産にするか単なる過去にするかは、捉え方一つ。酸いも甘いも経験してみないことには噛み分けられないですからね。今まで単なる失敗、黒歴史だと思っていた物事だって、よく考えてみればそこから何か見出せているかもしれない、それならプラスになっているでしょう。40代、50代って、そういうことを一つずつ見つけていく時期だと思うんです」

鎌倉で暮らしていると、若い世代の人たちが移住してくることも多く、自然と、年の離れた友人が増えていくといいます。

「友達から『知り合いが引っ越したからよろしくね』って紹介されたりして自然と増えていったんですけど、いい刺激になっています。一方で、母の友人とか、自分より年上の人との交流も多く、それもまた刺激になりますね。楽しそうに生きている年上の人たちを見ていると、心強いというか、勇気が出ます。40代以降になったら、世代の違う人たちと交流するのはおすすめです」

甘糟さんが母と暮らす鎌倉の家のダイニングルーム。

甘糟さんは現在、3歳から暮らした実家である、鎌倉の日本家屋で母・幸子さんと暮らしています。昭和初期に別荘として建てられた数寄屋造りの日本家屋で、その後、福井から築270年の合掌造りの民家を移築し、家の半分を改装しました。さらに敷地内に蔵造り風の建物を増築したため、数寄屋造り、合掌造り、蔵造り風と基本的な日本建築が一体となった変わった建物になっています。

「49歳の時に父が亡くなり、この家に戻ってきて生活ががらりと変わりました。古い家なので、メンテナンスも大変。家も母も“介護”している感覚です。合掌造りの移築を手がけてくださった建築家の方には『典型的な日本建築が3つも合わさっている建物なんてそうそうないので、簡単に壊さないでね』って言われた時はプレッシャーでしたけれど、家を手入れしているうちに、これを知っていただくのも自分の役割かもしれないと思うようになりました」

 

去年は知り合いの紹介でドイツ人一家がこの家を見学に訪れ、甘糟さんが練習した英語を交えてこの家の建築様式について説明したそう。

「うちを見て、日本建築の良さや職人さんの仕事のすばらしさを知ってもらえたらうれしいです。年齢を重ねてくると、何かしら社会に役に立ちたいという思いが強くなるのかもしれません。若い頃は、いかに自分が毎日楽しく過ごせるかしか考えていませんでしたけど(笑)」
 

 
 

『私、産まなくていいですか』発売日:2024年3月15日
価格:704円
講談社文庫

鎌倉の海辺のホテルで、ウエディングプランナーとして働く美春。一つ年上の夫・朋希の40歳の誕生日に、ライカのカメラを奮発したことから二人の仲がぎくしゃくしはじめる。結婚するときに、子供はいらないと充分確認し合ったはずなのに、将来のために子供のことを考えたいと言い出したのだ。それからは母親の手術をきっかけに、不妊治療中の姉夫婦とも不仲になるなど、朋希との隔たりは一向に修復できないまま。そのあげく、二人は子どものことが原因で離婚に至るのだった……「独身夫婦」

結婚12年。夫が突然家を出ていき、義母と息子、友人カップルたちと鎌倉の古民家に同居することになり……「拡張家族」

再婚同士、43歳で結婚した花葉はどうしても二人のDNAをこの世に残したくなり、最新技術を求めて海外へ……「海外受精」──妊娠と出産をめぐって“女性の選択”を問いかける小説集!


撮影/森 清
編集・取材・文/𠮷川明子