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中国は社会主義の国ですが、米国に匹敵する競争社会でもあります。多くの若者がよりレベルの高い教育を望み、激しい受験競争を繰り広げてきました。会社に入ってからも、さらに厳しい昇進競争があり、一部の若者はこうした生活に疲れ、最低限しか働かず、ダラダラと生活するようになってしまいました。中国ではこうした人たちのことを「寝そべり族」と呼んでいるそうですが、ここまで無気力にならないまでも、国内での競争を避け、もう少しのんびりしている東南アジアへの移住を試みる人も増えているようです。

 

お隣の韓国も、米国や中国に匹敵する苛烈な競争社会といえるでしょう。厳しい競争を勝ち抜き、サムスンなど超一流企業で活躍できた人は、日本人よりもはるかに高い年収を得ていますが、全員がそうなれるわけではありません。

先日、日本のビジネス・メディアで、「韓国は疲れたから日本に移住を検討している」という韓国人の若者の発言が紹介され、ネットを中心にちょっとした話題となりました。競争疲れから、貧しいながらものんびりとした外国に行きたいと考える人は、いつの時代も一定数存在します。日本でもバブル時代には、拝金主義に疲れ、東南アジアなどを放浪してのんびり暮らしたいという若者がたくさん現れました。

驚きなのは、最先端の韓国人にとって、安くてのんびり暮らせる先が日本だという点でしょう。

実際、今、日本に来ている外国人観光客の多くは、バイタリティに溢れ、仕事も私生活も200%の力で邁進するタイプではありません。爆買いだけが目的の人はそれに近いかもしれませんが、コロナ以降増加しているのは、どちらかというとスローライフが好きな人種といってよいでしょう。

グローバル経済やIT化の進展は私たちの生活を便利にしましたが、それに疑問を持つ人も確実に増えているようです。日本は苛烈な競争やIT化についてどちらかというと忌避してきた国ですから、こうした競争社会を望まない人たちの受け皿になりつつあるようにも見えます。

日本はある意味で世界の最先端を行っているとも解釈できますが、スローライフの聖地ということになってしまうと、高い成長や高賃金は望めない国ということでもあります。私たちは、競争して豊かになる道を選ぶのか、貧困を受け入れつつ、スローな国を目指すのか、分かれ道にきているのかもしれません。

前回記事「金利上昇で「トクする人」と「損する人」は? 17年ぶりの金融政策転換に私たちが備えておきたいこと」はこちら>>

 
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