10月公開の主演作『ハナレイ・ベイ』では息子を亡くした悲しみから抜け出せない母親を、現在放映中の連続ドラマ『中学聖日記』ではバイセクシャルのキャリアウーマンを、そして今月公開の出演最新作『母さんがどんなに僕を嫌いでも』では“虐待母”を演じている女優・吉田羊さん。果敢に演じた新たな役どころには、自身の母親の娘として、また“母性神話”が根強い日本に生きる女性として、思うところもあったようです。同作品の出品で初参加となった釜山国際映画祭にて、大ファンだという韓国映画のお話も伺いました。

女優 吉田羊 福岡県出身。1997年より主に舞台で活動後、映画・ドラマに活躍の場を広げる。14年、ドラマ『HERO』で注目を集め、『コウノドリ』『真田丸』など数々のドラマに出演。15年に『映画 ビリギャル』で第39回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞、さらに同年、第40回報知映画賞助演女優賞、第58回ブルーリボン賞助演女優賞を受賞。16年『嫌な女』で映画初主演、18年『ラブ×ドック』で映画単独初主演を果たし、今秋は『コーヒーが冷めないうちに』、『ハナレイ・ベイ』、『母さんがどんなに僕を嫌いでも』の3作品が公開される。

 

 

観客から好かれたいという気持ちは一切捨てて挑んだ


2018年は主演作2本を含む5本の映画と、地上波とストリーミングの連続ドラマに2本に出演し、それぞれに異なる印象を残した吉田羊さん。自身のイメージを次々と更新していくような大活躍の今年、ラストを飾る出演作『母さんがどんなに僕を嫌いでも』では、幼い息子を虐待する母親・光子役を演じています。

「実話ベースのお話なのですが、主人公の前向きさもあって、どこか“軽やか”なんです。そこに多くの人にこの作品に触れてもらいたいという思いが見えたし、実際“辛いものは見たくない”という人でも入りやすい作品だなと思いました。ただ私が演じる光子は、すごく難しい役だなと。原作者ご本人から実際のお母様の話も伺ったのですが、聞けば聞くほど理解から離れていくというか。どんな理由があろうと、虐待は肯定されてはいけないし、「手を上げる」という気持ちには、私はなれなくて」

悩む彼女を救ってくれたのは、「理解できない、不安定なまま演じてください」という監督の言葉だったといいます。

「光子は人間として未成熟なまま母親になることを強いられ、“どう母親になればいいのかわからない”と思っている人なんだと思います。そういう彼女の思いを、私自身の“どう演じたらいいかわからない”とリンクさせれば……と、どこか願うような気持ちで演じていました。映画では彼女の気の毒な生い立ちについても少しだけ触れられているのですが、それをエクスキューズしながら演じてはいけないとも思いましたね。観客から同情を得て好かれたいという気持ちは一切捨てて、むしろ“吉田羊って本当にこういう人かも”と思われるくらいに、未熟な母親を未熟なまま演じようと。そうすることで、そんな母親ですら求めずにはいられない、主人公の気持ちが色濃く映るだろうと思いました」

 

自分も母に「理想の母親像」を押し付けていた


光子というキャラクターで印象に残るのは、彼女に二つの顔――周囲の主婦たちの前で演じる「美しくて賢く優しい母親」という“表の顔”と、不満を募らせる家庭内で「感情のままに息子に手を上げる虐待母」という“裏の顔”――があることです。その姿には、「理想の母親」「仕事も家庭も両立する完璧な女性」というある種の幻想に振り回されがちな、今の時代の女性たちの縮図と言えるかもしれません。

「特に日本の男性は“女性はこうあるべき”という理想像が特に強いような気がしますし、例えば光子のような女性を演じると、“なぜあんな役を”と言われることが多いんです。最近ではようやく、女性がそれに異を唱えてもいいと思える空気も出てきてはいますが、まだまだそういう風潮は残っていますよね。
ただ自分の子供時代を振り返ると、私自身も母に対してそういう役割を望んでしまっていたなと思うんです。うちは共働き家庭で、母は忙しく働いていましたし、家事をきちんきちんとこなせるタイプではなく、私はいつも“母親なのに!”と感じていて。学校でも、お友達のカラフルなお弁当に対して、自分のは揚げ物ばっかりの“茶色弁当”で、あの人の色彩感覚はどうなってるの?なんて思ったり(笑)。でもそう思うなら、自分でお野菜を買ってきて、入れればよかったんです。
“子供の面倒は母親が見るものだ”という固定概念から離れられず、理想の母親像を押し付けていたんだな――この映画を撮った後に、そんなふうに思い返しました。そう思えていたらと、後悔するところがあります」

 

 

常に新しい自分へ、女優として変化してゆきたい


自身を支えるモチベーションは「自分を超えてゆきたいという気持ち」と語る吉田さん。相次ぐ出演映画の公開に、超個性的な役を演じている連続ドラマ『中学聖日記』などを見ても、女優としての自分を更新してゆこうとする思いが感じられます。引きも切らない忙しさの中にあって、その姿勢には頭が下がります。

「でも、あまりに忙しくてしんどいという時期は過ぎて、今年はお休みをいただきながらお仕事ができています。お休みの日は、ただ純粋に自分の好きなもの、自分の見たい映画や読みたい本などを選んで、インプットもしています。最近見た映画ですごくよかったのは、安田顕さんが主演した『愛しのアイリーン』ですね。彼が演じる最低男もよかったし、木野花さんが演じた姑も――私としては最高の誉め言葉ですが――史上最悪で(笑)。でもラストには涙を流している自分がいました」

国際映画祭への初参加となった釜山映画祭では、大好きな韓国映画をたくさん見て帰りたいとか。賛否両論の作品が好きだという吉田さん、特に心をつかまれるのは韓国きっての鬼才として知られるパク・チャヌク監督の作品だそうです。

「昨年公開の『お嬢さん』も賛否両論でしたが、私は最高に楽しみました。少し以前の『親切なクムジャさん』という作品を見た時は、“もし日本でリメイクするなら私が!”と。ああいう振り切った世界は、私、肌に合う気がするんです。“血みどろ”みたいな作品もやってみたいですね(笑)」

外国人のスタッフやキャストとともにハワイで撮影した『ハナレイ・ベイ』では、海外作品にも似た作品作りを味わったそうです。そうした経験が、今後の女優としての吉田羊さんのさらなる「更新」に繋がっていくのかもしれません。

「現地のスタッフやキャストにはユニオンの規定があって、一定時間働いたら必ず1時間休まないといけないんです。午前中働いて“さあここから!”という時に、“はい、ランチタイム”と撮影を止めてしまう。日本人的には“今乗ってきたところなのに!”となるんですが、ちゃんと働くためにはちゃんと休む、それって本当は当たり前のことなんですよね。もちろん追い詰められた中で発揮される日本人の底力も素晴らしいけれど、そうした環境にあれば、また別の力が発揮されるかもしれないし、視野も広がるんじゃないかなって。海外の作品に出たいなと言う気持ちはもちろんあります。そういう機会を得られるよう頑張りたいですね」


撮影/KYUNGPYO KIM(STUDIO DAUN)
ヘアメイク/paku☆chan(ThreePEACE)
スタイリスト/梅山弘子(KiKi inc.)
取材・文/渥美志保

 

<映画紹介>

『ハナレイ・ベイ』

 

累計70万部を超える村上春樹のロングセラー『東京奇譚集』の一篇である「ハナレイ・ベイ」が待望の実写映画化。主人公のシングルマザー・サチを吉田羊が演じている。息子のタカシ(佐野玲於)がハワイのカウアイ島にあるハナレイ・ベイで、サーフィン中にサメに襲われて死亡したという知らせを受ける。それから10年、ある日サチは2人の若い日本人サーファーと出会う。彼らから「赤いサーフボードを持った、片脚の日本人サーファーを何度も見た」という話を聞き、一筋の希望を見い出す……。
全国の映画館にて大ヒット公開中!

脚本・監督・編集:松永 大司
出演:吉田羊、佐野玲於、村上虹郎、佐藤魁、栗原類
配給:HIGH BROW CINEMA
©2018 『ハナレイ・ベイ』製作委員会

 

<映画紹介>

『母さんがどんなに僕を嫌いでも』

 

小説家・漫画家の歌川たいじによる同名コミックエッセイを太賀、吉田羊の共演で映画化。幼い頃から母親・光子(吉田羊)に愛されることなく育ったタイジ(太賀)は17歳で家を飛び出し、一人で生きることを選ぶ。友人の言葉に動かされ、もう一度母親と向き合うことを決意するタイジだが……。
11月16日より東京・新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、イオンシネマほか全国公開。

監督:御法川修
出演:太賀 吉田羊 森崎ウィン 白石隼也 秋月三佳
配給・宣伝:REGENTS
©2018 「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会