作家の甘糟りり子さんがその鎌倉暮らしについて綴ったエッセイ集『鎌倉の家』がこの秋に刊行されました。甘糟さんは幼少期より鎌倉で暮らしていましたが、20代後半からは広尾・麻布・芝浦などで暮らし、40代前半に鎌倉の実家に戻りました。

みんなが知っている鎌倉の名所も、幼いころから暮らしてきた甘糟さんの言葉で綴られると新鮮な印象になり、鎌倉という土地への興味が改めて湧いてきます。

 
甘糟りり子著『鎌倉の家』より

 稲村ケ崎駅を出た江ノ電は、しばらく住宅街の細い道をきゅうくつそうにガタゴトと走る。その道がゆるやかに曲がり、住宅が途切れると海沿いの道だ。さえぎるもののなくなった視界に海が飛び込んできて、車内では歓声があがる。平日でも週末でも、雨の日でも晴れの日でも、多かれ少なかれ、たいてい「わぁっ」という声が聞こえるのだ。
 何度この景色を見たかは数え切れない私でも、目の前に海が広がる度に心が解かれる。晴れた日は、「トンネル(ならぬ住宅街だけれど)を抜けるとそこは海だった」とでもいいたくなる。乗客が身を乗り出して海を見ていると、勝手に嬉しくなってしまう。江ノ電は私にとって「身内」の乗り物だ。


鎌倉で一番好きな季節は…
 

鎌倉といえば、紫陽花(あじさい)の季節や、花火大会のある夏をイメージされる方多いかもしれません。でも甘糟さんは、鎌倉で一番好きな季節を「夏が秋に入れ替わる数日間」だといいます。

甘糟りり子著『鎌倉の家』より

 鎌倉で一番好きな季節は、夏が秋に入れ替わるほんの数日間だ。残暑の中に時々ひんやりした空気を感じるわずかな時期に、いろいろな感情がわき起こる。夏が終わってしまう寂しさ、同時にやっと街が自分たちに返ってくるという安堵、そういう日常への懐かしさ……。最も感情が濃くなる季節だ。
 その季節に御霊(ごりょう)神社の「面掛(めんかけ)行列」は行われる。毎年九月十八日の午後。曜日は関係ない。
 爺を先頭に、鬼やひょっとこ、七福神のひとつである福禄寿にカラス、おかめといった面をした男たちが神社から出て、「力餅家」のある星の井通りを練り歩く。おかめの面は必ず、着物のお腹の部分をわかりやすく膨らませている。その後に続く女の面が常に扇子でおかめをあおいでいる。(中略)
 五穀豊穣祈願とされているが、面掛行列の由来には諸説ある。元々は八百年ほど前に鶴岡八幡宮で始まった。源頼朝が村娘を身ごもらせてしまう。その一家が頼朝の雑事をすることになり、出入りする際に顔がわからないよう面を被ったといういわれと、お詫びのために頼朝が年に一度だけ彼ら彼女らに無礼講を許したといういわれがある。

歴史上の登場人物とふとすれ違ったような気配が漂っているのもまた鎌倉の魅力ですね。

 
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