「最近は親父に似てきましたが、長男って母親に似るのか、髪を伸ばすと確かにUA感あるんです。芸能界に入る前の僕が長髪だった時、親父と新宿に映画見に行ったら、ネットにすぐに“さっきUAとムラジュン見た”って。いやいや(笑)」。
母親のミュージシャンのUAさん、父親の俳優の村上淳さん、その両者から受け継いだ自由な表現力と独特な存在感が魅力的な村上虹郎さん。
主演最新作『銃』では、ひょんなことから拳銃を手に入れてしまったトオルを演じています。「村上虹郎そのもの」という周囲の絶賛は鳴りやみませんが、ご本人は実はちょっと複雑な思いを持っているのだとか。さて、それは一体?
トオルと自分の共通点は、“ドS”に見えて“ドM”であること
デビューしたころから、原作小説『銃』を読んだ知人から「虹郎にぴったり」と言われていたという村上さん。今回演じるにあたっては、特別に何か工夫をすることもなく役に入ることができたと言います。
「武監督から特に“こう演じてくれ”という話しがあったわけでもなく、比較的まっすぐに、原作にあるトオルと言う人物を生きたかなと思います。原作者の中村文則さんからも“今まで見たどの作品よりも、一番村上さんだった”とおっしゃっていただきましたし、取材でもよく“トオルとぴったり”と言って頂きます。それはもちろん嬉しいのですが、村上虹郎としてはちょっと複雑でもあるんです。この役って、ただカッコいいだけの役じゃないですから。僕ってこんなやつなの?っていう(笑)」
物語は、ある日道端で銃を拾ってしまった大学生トオルの日常を描いていきます。トオルは一見、好感のもてる自然体な青年ですが、「他人なんてどうせこう言えば喜ぶはず」と知った顔の、こじらせた青年。
「トオルは天才ではないですがそこそこ頭がよくて、自分の能力を誇示するのが楽しい。青春というか、若気の至りというか。そんなふうに感じてしまいます。でも基本的に上に立ちたいと思いつつ、実は誰かに負かされたい、“ドSに見えてドM”っていう部分は、結構自分に近いかも(笑)。“あ、この人すごい”“うわ、負けそう”っていうのを経験したいところは僕にもありますね」
村上虹郎が考える、「銃」が象徴するもの
今回の役で最もキツかったのは、トオルが尋常でない量のニコチンとカフェインを、無意味に摂取することだったとか。「マクロビオティックなうちの母親が見たら怒りそうなくらい」と、村上さんは笑います。
「しかもトオルは、それをぜんぜん味わってないし、楽しんでないんです。監督が“現代人が無意識にコンビニに入るのは、精神の不安定の現れではないか”とおっしゃっていて、この映画でもそういう場面があるのですが、トオルのタバコとコーヒーも同じなんじゃないかと思いました。演じる上では、拳銃を撃つか撃たないかみたいなわかりやすい葛藤より、タバコを吸っては捨て吸っては捨てをしている時に、トオルの中で起こっているものを表現する方が難しかった。自分の気持ちをストレートに出さないし、出しているつもりでも出せていないという部分もあるので」
トオルのストレスの理由を考えると、それは「退屈」「倦怠」といった、実のところその世代だけに限らない、現代人ならだれもが感じているものです。「銃」は、それを打破してくれる――してくれそうな――ものの象徴であるのかもしれません。
「僕は、この作品に出てくる銃は、恋愛の象徴だと感じました。トオルの周りには4人の女性がいるのですが、その誰もが取って代われない、やっと出会えた“最愛の理想の女”が銃。男女の恋愛に限らず、人間にはそういう対象が必要だと思うんです。自分にないものを持っている人、自分をワクワクさせてくれるもの。河瀨直美監督が『2つ目の窓』(村上さんのデビュー作)の現場で “恋してなかったら学校行くのもつまんない。不純な動機かもしれないけど、正しいと思う”って言っていたのを覚えているのですが、ほんとうにそうで、何かに恋をするとすべてが楽しく思える。そういう意味では、トオルが銃と過ごした時間は幸せだったのかもしれない」
この作品で、俳優人生の“プロローグ”が終わった
「作品に出演する時は、自身のテーマみたいなことも考えている方だと思います。僕は作品をある程度吟味することで、自分の価値を上げたいなと思っているんです。」
そんな中で選んだ『銃』には、20歳の村上虹郎だから持ち得る武器と、まだ発展途上にある未熟さ、その両方が現れているような気がするのだとか。「俳優人生をロングスパンで見た時に、“プロローグの終わり”と思えるような作品」と、村上さんは位置付けています。
「ここからさらに新しい段階へ向かっていくんだろうなという気がしています。来年は、舞台『ハムレット』にも出演予定です。さっき言ったことと矛盾するようですが、まだまだやっていない役も多いですし、いろんなことをできるのが、俳優の楽しさですね」
<映画紹介>
『銃』
原作は、芥川賞作家・中村文則のデビュー作『銃』(河出書房新社)。奥山和由プロデューサーが企画・製作、武正晴監督(『百円の恋』『嘘八百』)がメガホンをとり映画化。
銃に支配され、徐々に狂気が満ちていく難役の主人公トオルを村上虹郎が熱演。ヒロイン・ヨシカワユウコには広瀬アリス。トオルを追いつめる刑事には、怪優、リリー・フランキー。他、日南響子、新垣里沙、岡山天音ら個性派俳優が脇を固めています。父・村上淳との共演シーンもご注目を!
監督:武正晴
出演:村上虹郎、広瀬アリス、リリー・フランキー
配給:KATSU-do 太秦 11月17日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
Ⓒ吉本興業
<原作紹介>
『銃』
中村文則 著 定価540円(税別) 河出書房新社
中村文則の鮮烈なデビュー作!
雨が降りしきる河原で大学生の西川が出会った動かなくなっていた男、その傍らに落ちていた黒い物体。圧倒的な美しさと存在感を持つ「銃」に魅せられた彼はやがて、「私はいつか拳銃を撃つ」という確信を持つようになるのだが…。TVで流れる事件のニュース、突然の刑事の訪問―次第に追いつめられて行く中、西川が下した決断とは?
中村文則
1977年生まれ、愛知県出身。
2002年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。04年『遮光』で野間文芸新人賞、05年『土の中の子供』で芥川賞、10年『掏摸〈スリ〉』で大江健三郎賞、16年『私の消滅』でドゥマゴ文学賞を受賞。著書多数。
著書はアメリカはじめ各国で翻訳されている。『掏摸<スリ>』の英訳『The Thief』は12年「ウォール・ストリート・ジャーナル」年間ベスト10小説、『銃』の英訳『The Gun』は16年同紙年間ベストミステリー10冊にそれぞれ選出された。14年、アメリカでDavid L. Goodis賞を受賞。
近年、『最後の命』(14/松本准平監督)、『火 Hee』(16/桃井かおり監督)、『悪と仮面のルール』(17/中村哲平監督)、『去年の冬、きみと別れ』(18/瀧本智行監督)と多くの作品が映像化されている。
撮影/塚田亮平
スタイリスト/松田稜平
メイク/森田康平(TETRO)
取材・文/渥美志保
構成/川端里恵(編集部)
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