見慣れないベルギー発信の電話がかかってきたのは、1月半ばのことだった。

突然の、ムッシュの訃報。
ご親戚からの連絡だった。
 *「ムッシュ」とは、ベルギー遊学先のレストランのオーナー

年末に、ムッシュから3回電話がかかってきていた。ムッシュからは時々唐突に電話がかかってくるのだが、「元気か?今でも君のことが話題にのぼるよ」と、だいたい他愛のない内容。いつも不意に襲ってくる”イングリッシュ(時々、フレンチ)・カンヴァセーション”が面倒くさくて、この年末の電話には、忙しいふりをして出なかった。グリーティングカードでもあとで出そう、と気軽に考えていた矢先のことだった。

2日間ほど、悲しみに暮れた後、ふっとこの悲しみの大半を締める気持ちは、後悔だと解った。

「年末の電話に出ていれば・・・。もっと早くベルギーに行かれていたら・・・。クリスマスカードを書くつもりだったのに・・・」ムッシュとの思い出と共に、そんな気持ちが頭をぐるぐると回っていたのだが、とりあえず、マダムにお悔やみのお手紙を書かなくちゃと筆をとった時、その”自身の”後悔の数々を書き綴ることは全く野暮で意味がなく、残された家族の悲しみを少しでも軽くするすべがあるならば、ムッシュへの感謝を伝えることだ!と解ったら、気持ちが急に前向きになった。

そして、5日間ほどのお悔やみ旅行に、アントワープを訪れることを決めたのだった。

ムッシュが亡くなって1ヶ月も経たない忙しい最中の、私の訪問を、マダムは涙まじりに迎えてくださった。私がレストランを訪ねた日は、ちょうどムッシュの75歳の誕生日だった。平日の夜にも関わらず、お店は、ムッシュを偲んでいらした常連客でほぼ満席になった。忙しい時だけ手伝う娘2人もサービスに加わり、ご家族皆でお客様を出迎え応対されている様子は、どこか温かく、穏やかな活気に溢れていた。11年前に、初めてこのレストランを訪れ「ここで働きたい!」と衝動的に感じた時と、全く変わらない雰囲気が、そこにはあった。

 

マダムお仕立ての”百合の花束”も相変わらずで、10年の経過を全く感じさせない安定感が、このお店の良さなのだ、と再認識した。

だた、1つ違うのが、ムッシュがいないこと。

レストランの運営に関わるほぼ全ては、マダムがなさっているから、お店が機能しなくなることはない。しかし、一見トンチンカンで、無秩序そうで、ちょっと悪趣味スレスレで、でもクスッとした茶目っ気のある、ムッシュ仕立ての店内装飾と、何よりも、そういうムッシュご自身の存在が、このレストランの良さに輪をかけていたことには間違いない。

 
 

ムッシュからの他愛のない電話が、独身時代の仕事に忙殺されていたときや、病気で打ちのめされていたときに、気持ちを向けてくれている人がいる、という心強さになっていたことに、今更ながら気がつく。

ですが、それに応えられなかった、という後悔の念で、亡くなった方を引き留めるのはやめよう。

ムッシュにしていただいたことに感謝して、それを引き受け、次の誰かにすることが、残された私のすべきこと。

 

◯今日のトンチンカン・・・
アントワープ滞在の最終日には、ムッシュのお墓に、お花をお供えしに行こうと決めていた。

週末の朝に立つ大きな市場で、可愛らしいミモザを買って、ホテルでリースに仕立てて、早めの夕方に墓地へ向かった。墓地の場所はマダムに聞いていたのですぐ行くことができたが、そういえば、ムッシュのお墓の場所までは聞いていなかった。巨大な墓地。膨大な数の暮石。「もうこれは宝探しだ!」と腹をくくって、探し始めた。すると、そう長くは経たないうちに、少し枯れかかった沢山の白い花で埋め尽くされたお墓を見つけた。土葬されて間もない、という意味だ。墓石にはまだ何も彫られていなかったが、花に添えられたリボンに、”Marc”という文字を見つけて、このお墓にちがいない!と確信した。暮石には、バラのレリーフが付いていて、”La Vie en Rose”が好きだったムッシュらしい。どこか絵空事だったムッシュの死が、急に現実味を増して、涙がこぼれた。

しばらくお祈りした後、「そろそろ帰りましょう」とエントランスへ向かうと、さっきまで開いていた門が閉まっているのが見えた。まさか!と思い、手をかけても、重い鉄の門はびくともしない。空は急に暗くなってきて、寒空の下、アントワープの墓地に閉じ込められてしまったのだ。

「なんて自分は馬鹿なのか。10年前に、衝動的にここへ来たときもそうだった。自分でなんでもできるつもりで、突拍子もない行動をとって、結局、誰かの助けを借りることになって、ムッシュやマダムに多大な迷惑をかけた。10年経って、少しは大人になったと思っていたけれど、何も変わっていないではないか」と自暴自棄に陥った。

しばらくの自暴自棄の後、くよくよしていても解決にならない!と、意を決して、門をよじ登ろうと試みていたとき、ちょうどその前に、一台の車が停まったのが見えた。中には、おじさんがひとり座っている。大きく手を降って助けを求めると、おじさんは車から降りて来てくれた。「墓地に閉じ込められてしまったの!どうししたらいいの!」とぐちゃぐちゃの英語で言うと、「確か、門の横にボタンがあって、それを押すと門が開くはずだよ」と教えてくれた。そう言われて、改めて見ると、門の脇に、”押してください”と言わんばかりに大きな赤いボタンがある。試しに押してみると、ゆっくりと門が開いて、いとも簡単に出ることができた。

その足で、最後の晩の夕食に、レストランを訪れ、マダムに、お墓まいりのひと騒動をお話ししたら、「きっと、それは、マークが引き止めたのよ」と笑ってくださった。

そんな思い出の、ミモザのリース。

 

写真:白石和弘