昨年のちょうど今時期に、従姉妹のご実家の庭で、あんず狩りをしたことを思い出した。
30年前に家を建てたとき、植えた苗木が、時を経て、沢山の実のなる木に生長した。

従姉妹は、産科小児科系の医師をしていて、私が乳がんを患ったとき、その治療によって低下してしまう妊孕性と、そのための不妊治療について、始めに相談したのは彼女だった。それ以来、塞ぎ込みがちな私をときどきランチに誘い出してくれ、治療の経過や、お互いの愚痴や、先の夢の話など、いい息抜きをさせてもらっていた。

彼女に度々言われたことで、よく記憶に残っている言葉が、
「病気に支配されないこと」
「私は2年かかったわ」

ずっとこの言葉に、いまいちピンと来ていなかったのだが、この数カ月で、急に気持ちに変化が起こる感覚があった。
病気になってしまった自分を必要以上に卑下したり、原因究明したりすることは意味がない。
淡々と改善すべきと思う点は改善し、自分の身体に耳をすませ、身体が欲していることをし、具体的な治療に関しては、主治医の指示を仰ぎながらも、あくまで自身の身体の中で起こっていることと自覚し、その身体をもって、自分は今後どうありたいかを常に明確にし、先生に伝えることが大切と思う。

"前向き"とは、(無理に⁈)いつも笑顔で明るくしていることや、物事をポジティブに捉えることばかりではない。
置かれた状況に心身ともに順応して、気負わず、焦らず、冷静に、先のことに目を向けられるようになること。
例えるならば"腹が据わった"感。その境地に達するのに、ちょうど2年かかった。

彼女は、8年前に夫を亡くした。当時5歳と3歳の子供を残して、突然の死だった。その頃、私は自分のことでいっぱいいっぱいで、彼女の直面した出来事を”本当の意味で”理解することも、”本当の意味で”手を差し伸べることもできなかった。過剰に不幸感や喪失感を漂わせることなく、淡々と、子育てに、仕事に向かっている様子は、「強いのね」「もっと甘えたらいいのに・・・」と評されることもあった。が、それは彼女なりの"前向き"の表れだったのだ、と今だから理解できる。

そんな彼女からの、
「病気に支配されないこと」
「私は2年かかったわ」

という言葉に、私は助けてもらった。

 

「今年も、沢山あんずが取れたから、差し上げるわ」と連絡をいただいた。
昨年のあんず狩りのときとは、全く違う心持ちで、今年も変わらず、あんずジャムを仕込む。

そうして、庭のあんずの木は、家族がどんな状況であろうとも、毎年、素知らぬ顔で、たわわに実を付けるのである。

 

◯今年の”あんずジャムの作り方”。

あんず(正味) 1.5kg
グラニュー糖 910g(あんずの重さの65%)

1)あんずは、種をのぞきながら、傷んでいるところを大胆に切り落とす
2)1)に分量の砂糖をまぶして、一晩おく。
3)種を20個ほど割って中身を出し、さっと湯がき、薄皮を剥く。
4)酸に強い厚手の鍋で、アクを取りながら、コトコトととろみがつくまで中火で煮詰める。
5)最後に、3)の種を混ぜ、熱いうちに消毒したジャム瓶に詰め、蓋をし、逆さまにして冷ます。

撮影/白石和弘

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