いきなり声をかけられ里奈はびっくりする。
「はい?」
「だって、つまんないでしょ?」
「ええ……」
ふたりは抜けだし、勇史が中目黒にある会員制バーに連れて行ってくれた。カウンターに座るふたり。
「で、具合が悪くなったって聞いたら、一応君はお見舞いに行こうかって訊くんだ?」
勇史が里奈にたずねている。
「ええ。まあ、それが友達だったら、友達として。彼氏だったら、彼氏として。付き合いたいなあと思う人だったら、やっぱりチャンスかなって……」
「そうなんだあ……」
「だったら具合が悪いって、もとから言わなければいいじゃないですか」
「まあねえ。そうだよなあ。けど、もう具合悪いからそういうときって判断がきかないんだよね。それに、俺も人によるとおもうし」
「そこでしょ、それ?! 結局それじゃないんですか?」
「え?」
「人によるって。コイツだっておもう人だったら、やっぱりそこに期待があるってことじゃないですか」
「だってそりゃ、男だから」
勇史は苦笑いをする。バカヤローとばかりにやはり苦笑いの里奈だった。
「なんかそういうざっくばらんなとこ、おもしろいね、里奈さんって」
「……そうですか?」
「てっきり加藤さんと出来てるのかと思ってたから。今度またごはんでもしない?」
「……ええ、まあ……そうですねえ……」
適当な愛想笑いをしてその場を切り抜けてしまった里奈。
正直、うれしくもあった。けど、正直どんな男か、まだいまいちわからなかった。面倒なようにも感じる。だけど社長。
いろいろ巡りながら、なにもなく勇史とはその晩さよならした。
その数か月後。
里奈がよく知らなかっただけで、滝岡勇史はすべてメイドインジャパンの高級腕時計をつくる会社の社長として有名だった。一代でその業界の一線になっていた。
「滝岡勇史氏(40)結婚。」
の文字が今朝載った電車の吊り広告に載っていた。
里奈は仕事場からお昼休憩にコンビニエンスストアで週刊誌を開いた。
勇史はあのあと病気になって入院したらしい。そこで出会った看護婦さんとスピード婚とのこと。
「何なのよ……」
里奈は週刊誌を棚に戻した。
なんかやっぱり面倒な男なんじゃない? とじわりと感じた。
けどあのとき「ごはんいきます、いきたいです」と言えば、連絡があったのだろうか……。
お友達としてまた会ってみたい。仕事の話とかもっとすれば、きっとおもしろい面も垣間見られるだろう。
けど、きっと、たぶん、一生会わないんだろうな、と里奈は思った。
店を出ると日差しが異常に暑く眩しい。
靴底が溶けそうなほどアスファルトが熱い。
猛暑というだけで、それだけに集中できる。どこかそれもありがたく感じた。―――――
終

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*この物語はフィクションです。 *禁無断転載
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