おはようございます!

母の日ためにオンラインで花を贈ったところ、写真をショップからいただきました。

 


おまかせで注文したら、バラやカンパニュラの入ったオレンジの色調のアレンジにしてくれたようです。

隠れるようにグリーンアジサイも!アジサイ大好きです。

同じフローリストさんにお願いした去年の母の日はこちら。マゼンダピンクのドラマティックなアレンジです。

 

プロにお願いすると、花にその人の個性がにじみでてて、写真で見るだけでも楽しいなぁと思います。

そういえば、自分のために花を買わなくなったのは、いつからだったかな。

以前はよく買っていました。特にこの時期、大ぶりのアジサイを買うのが好きで。きれいなものは「高い!」って思うのですが、値段に見合うくらいは長持ちしました。

ぴったりと買わなくなったのは、たぶん三男を出産してから。仕事帰りに保育園に迎えに行っていると、花屋に寄る時間の余裕もなく。家に着いたら着いたで、子どもの相手をしながらの食事の準備で精いっぱい、花を活ける心の余裕もなく。⋯⋯すっかり花から遠ざかってしまいました。

水替えなど、短い間とはいえ買ったあとも手間がかかります。花があるかないかって、まさに生活の余裕のバロメータですね。

フランスに住んでいた頃に集めたディゴワンのカフェオレボウル。花器として使ってました。

代わりと言っては何だけど、東京の家にはたくさん観葉植物を置いていました。室内にはウンベラータとモンステラ、ベランダにはザクロの木。⋯⋯そう、初心者向け植物の代表格ばかり。とっても丈夫なので、育つにまかせて大きくなったはいいが、家族がシンガポールに移住し、私も東京の家を空けることが多くなると、維持できなくなり⋯⋯。

去年の秋頃から、ひとつずつお見合い写真を撮ってはもらい手を探し、小さいものは自転車でお届け、大きいものはトラックを手配して。一時的に里子(?)に出してた最後のモンステラも、今年の初めには新しい持ち主が決まって、引き取られていきました。

観葉植物のなくなった東京の部屋はがらんとして、思いの外ものさびしい。鉢植えでも切り花でも、手間がかかって放っておけないもの(=生き物)が何もない場所は、味気ないなぁと思います。でも、手放すときにかかった手間と、放置してひと鉢枯らしてしまった苦々しさを思うと、今後は植物とはいえ、軽い気持ちで持ちこまない方が良さそう⋯⋯。

手間がかからなくて放っておけるけど、生き物の気配を感じるモノなんてないだろうな。AIペットとか?⋯⋯なぁんて思ってたんですが、意外なところに、ありました。それはアートと(紙の)本。

アートは人の手が介在しているので、たとえ人や動物を描いていない抽象画でも、そこはかとなく生きているような感じがするんですよね〜。美術館などはお客さんが少なくても、たくさん人の気配が。おじゃました家にアートが飾ってあると「こんにちは」と言いたくなります。ただ、アートは出会いの面でも金額の面でも、そんなに気軽に手は出せません。

人の気配を感じるのは、本も同じ。本の向こう側には、かならずそれを書いた人がいるのだから不思議はありません。

元々持っていた紙の本は度重なる引っ越しでほとんど処分してしまい、最近は買うのはもっぱら電子書籍なので、蔵書は少ないです。場所を取るのは子どもの本くらいですが、図鑑はシューズクローゼットに入ってたり、文庫はアンティークの飾り棚に入ってたりで、本棚自体がない。

これもディゴワンの水差しにバラを。後ろにあるのは、フランスから持ち帰ったアンテイーク棚。元々は洗面所の棚だと思いますが、文庫本を入れるのにちょうどいいサイズ。

家の中は安心できる空間にしたいので、安心できる本だけを置きたい。「興味があって近づいてみたけど、胸をざわざわさせる人(本)」に居座られても困るので、読んでみたいだけの本は電子書籍で十分。数は少なくていいので、お気に入りの友だちで固めたような本棚を作りたいと妄想してます。

本棚計画への道のりは遠そうですが、とりあえず花はもうすこし生活に取り入れたいな。気になる花屋さんで体験レッスンを募集していたので、暑くなる前に申し込んでみようと思います。

家で過ごす時間が長いときこそ、花のパワーを生活に取り入れたいですね。

(カフェと読んだ本を紹介するInstagramもやっています♪)

パリの街角で通りかかった花屋さん。何てことのないディスプレイが愛らしくて思わず写真を撮りました。