自閉症だから描ける「ストレート」に伝わる絵

一人で頑張りすぎる和徳さんに嘉成さんが送ったメッセージ

有希子さん亡き後、和徳さんと嘉成さんとの二人三脚の日々が始まりました。介助者がいなくなった嘉成さんは、残りの小学校生活を支援学級で送ることとなりましたが、ヘルパーを付けたり和徳さんが送り迎えしたりすることで、中学・高校は普通学級で過ごすことができました。そんなある日、ターニングポイントが訪れます。高校3年生の時の学園祭で発表した嘉成さんの版画が大きな話題となり、デザイン専門学校主催の作品展で入選した後、愛媛県美術館に展示されることとなったのです。

 

「調子に乗った息子は、以来じゃんじゃん絵を描き始めました。私たちは息子が個展を開くたびに、参加者全員と版画のライブドローイングを行います。このときに嘉成がやるお約束があります。刷り上がったばかりの版画を披露するにあたって、大勢のギャラリーと一緒に『54321!』と大きな声でカウントダウンするのです。いったいどんな作品ができあがったのか、みなさんがいちばん盛り上がる瞬間。その様子を見るのが、嘉成にとってもものすごく嬉しいようです。集会でほめられたときの喜びはいまも色あせず、作品づくりの原動力となっているのです」

その後、大学進学にも就職にも失敗した嘉成さんは、いつしか創作活動で身を立てるようになっていました。そんな彼の作品の魅力を、美術の恩師である寺尾いずみ先生はこのように語っています。

「技巧的にはけっしてうまいわけではないですが、ストレートに人の心に伝わるものがあって、どんな人にも絵の素晴らしさを伝えられるものだと思います。嘉成くんが、あのように情熱がほとばしるような絵を描けるのは、彼が生まれ持った内面のエネルギーと無縁ではないと思います。療育の先生である河島先生が嘉成くんを織田信長タイプと評したと聞きましたが、彼は生来、荒々しい気性を秘めた子です。一度暴れ出したら手が付けられない。でも彼は、河島先生やご両親の療育によって、そうしたエネルギーを内面に留めておけるようになった。そのエネルギーが、創作活動のときにあふれ出すのでしょう」

展示会で多くの人と触れ合うことが嘉成さんの原動力に

一方、和徳さんは嘉成さんが描いた母親ゾウの瞳を見て有希子さんの面影を感じました。その瞬間、彼は情緒が育ちにくいといわれる自閉症児にもしっかり情緒があること、そして息子の療育に身を捧げた妻の努力が無駄でなかったことを確信し、心が希望で満たされていくのを感じました。有希子さんの嘉成さんに対する愛がどれだけ深いものであったかは、彼女の遺した日誌を通して知ることができます。

「『悪戦苦闘の子育て』と表現したことがありますが、子どもとのエピソードを思い返すと、苦しくてしんどいことばかりではない。子どもの純粋なところ、かわいらしいところに結構魅せられて楽しんでいる自分を発見することができる。自閉症児の嘉成には、健常児の何倍も真剣に、そして適切に関わっていかなければいけません。しかし親子で一緒に努力をすることで得られる喜び、感動は何倍も大きいものがあります。そんな感動をもっともっと味わいながら、これからも子育てをしていきたい」

『自閉症の画家が世界に羽ばたくまで』
著者:石村和徳、石村有希子、石村嘉成 扶桑社 1760円(税込)

NHK「おはよう日本」の特集でも話題に。自閉症を抱えて生まれてきた石村嘉成さんが画家として成功するまでの道のりを、父・和徳さんと亡き母・有希子さんの目を通してつづったエッセイです。親子の深い絆に感動する一方、一筋縄ではいかない子育て、知的障がい児が置かれている現状、周囲の人々の反応など、さまざまな“リアル”を知ることができるでしょう。



[書籍]
企画・プロデュース・編集/石黒謙吾
構成/熊崎敬

[記事]
構成/さくま健太